父の手
父がこの世を去ってから三年目の冬が来た。
今日は命日。
先日私が娘の誕生を迎えた病院で
たまたま私がお産を終えて入室した部屋が、父が亡くなった部屋のすぐ真下だった。
部屋の間取りがそっくり同じなので、お産を終え生まれたばかりの赤ちゃんと一緒にベッドに
横になりながら、父が入院していた時のことを沢山思い出した。
あの時、父はどんな気持ちでベッドに横になっていたんだろう。
父が死ぬ少し前、癌が身体中に広がって
父は本当にとても苦しんだ。
我慢強い父が本当に本当に辛そうにしていて、
痛み止めのモルヒネを一日に何本も打っては、たまに真冬の夜空に
花火が見えるとか言ったりして、意識が混乱したりもしていた。
私は衰弱していく父が
いつもように、未来に向かって生きているのではなく、
死んでいくことに向かって生きているということに
目をそむけていた。
亡くなる数日前まで
父は身体と共に生きるその最後のときまで
何かと戦っているように見えていた。
その何かとは一体なんだったんだろう。
病気と?
死と?
この世にとどまりたいと思うその気持ちと?
父がこん睡状態に入る最後の激しい痛みの発作の時
私と母は父の痛みで震える身体を必死に抑えながら、
溢れ出す涙をもう隠すことが出来なかった。
父はかすれた声で私に言った。
「もういいだろ?めぐちゃん。もういいよな?」
父は、ずっと私たちのために生きてくれていたのだと
その時知った。
激しい痛みの治療も、
苦しい戦いも
父はずっと、私たちを残してこの世を去ることに心配もあっただろうし
孫たちともっと遊びたかっただろうし
おいしいものも食べたかっただろうし
みんなと旅行にも生きたかっただろう。
でも、一日でも長生きして、私たちを見守っていたいという強い気持ちと
最後まで生き抜く姿を見せたい気持ちと、、、。
あったんだろうな。
私はなんて言っていいか分からなかった。
「そんなこと言わないで頑張って!」
と言ってしまったら、私たちのために父の苦しみは解放されないし
「がんばってくれたね、ありがとう」
と言ってしまったら、父はこの手を放してどこかに行ってしまう、、、。
自分の身体の深いところに
とても熱い気持ちが溢れて止まらなくて
私と父の間にはこんなにも強い結びつきがあるんだということに、そのとき気が付いた。
それは私がこの世に誕生してその日まで、父と私の間に築き上げられたもので、
父が私に注いでくれた愛情、叱ってくれたこと、甘えさせてくれたこと、怒らせてくれたこと
喧嘩したこと、たまに作ってくれたすいとんやカレーの味、数々の思い出が鎖になってるんだと
今になってみて思う。
父が目の前から消えてしまって初めて
私は父に素直な気持ちを言えるようになった。
冬になって思い出すのは、
よくスキーに連れて行ってもらったこと。
三歳から私はゲレンデで父にスパルタ教育を受けた。
リフトに乗ってえらい高いところまで連れて行かれ、
泣きながら転げ落ちていったり、、、。
手袋の中に入り込んだ冷たい雪を、父がいつも素手を赤くして払ってくれたことは
よく思い出す。
強さの中にある、優しさ。
お父さん、ありがとう。
生きることを、背中で見せてくれて。
家族の愛し方を、教えてくれて。
私も、暖かい家庭を築いていくね。
あの夜の
つんとした寒さの星空を、私は今でも忘れないでいるよ。
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