2014年06月19日
辛いって泣いてもいいですか?

娘が産まれた時
小さな小さな手をにぎって
わたしはこの子を全力で守るんだって
ふかく ふかく 思った。
この子と沢山
いろんなことを体験して
おいしいごはんいっぱい作って
この子が行きたいところに出かけて
沢山 あそぼう
わたしを求めてくるこの手を
絶対に振り払ったりしない。
そう、決めていたのに。
こどもを自分で育てるまで
私はこどもへの虐待をする母親の気持ちが
まったく分からなかった。
なんてことするんだ。
人間として最悪。
こどもが可哀そう。 どうしてそんなことする人が母親になったの?
そんなことを、思ったこともあった。
悪いのはすべて母親。
こどもの母親なんだから、その子の気持ちがわかって当然でしょ?
親としての責任を放棄しないで。
叩いたりしないで
こどもを、抱きしめてあげなよ。
自分も虐待されてきた体験があるから、こどもにもそうしちゃう?
そんなの言い訳だよ。だからこそ、こどもを傷付けないって強くならなきゃ。
そんなことも、思っていた。
でも、自分が母になってみて、
毎日毎日、子供と向き合ってみて 初めて色々なことが分かった。
自分自身の未熟さ、自分のこころの中にいる、まだまだ 子どもの自分
自分の両親に対しても、親なんだからという視点で、
親もひとりの人間であることを、まったく尊重していなかった自分。
そして、時にはこどもに手をあげてしまう自分。
理性が抑えきれなくなって、怒鳴ってしまう自分。
「どうして言うことを聞いてくれないの?」と、こどもを自分の都合のいいように
コントロールしたい自分。
わたしが作ったものを、嫌いだという子供に、イライラする自分。
自分の時間など、ほとんどなくて
こどものわがままや、泣いたり騒いだり、夜寝ることさえも出来なかったり。
仕事もこどもの体調によって出来たり、出来なかったり。
誰かに助けてって、言えないときもあったり。
辛いって、泣けないときもあったり。
こどもは、かわいいだけじゃなかった。
子どもは、自分の思い通りになんてならなかった。
子どもは、親のアクセサリーなんかじゃ、なかった。
小さいながらに、自分の意思をちゃんと持ち、
好きなことも、嫌いなこともちゃんと分かっていて
わたしなんかよりずっと、大きなこころを持っていて
頭もいい。
こどもとの暮らしは、
自分の様々な部分を見せられることになる。
私は自分の中にこんなにもダークサイドがあったなんて!!!っていうのを
しばしば見せられている。
こんな風に怒ったことなかった。
こんな風に泣いたことなかった。
なんだろ。この気持ち?
なんだろう。この反応?
自分をどんどん見せられて、時には自分のキャパを超えるような出来事を
体験させられ、いっぱいいっぱいになって
もう、無理だよーって
泣いてしまうこともあったりで。
でも、母親というのは、一生辞めることは出来ない。
どんなときも、こどものことが、頭から離れない生き物に
なってしまうのだ。
色んなお母さんと話してみてね、
私だけじゃなかったの。
お母さんになると
そういう体験があるようなんだ。
怒ったり泣いたり、こどもと喧嘩したり、時には突き放してしまったり。
どんなに幸せそうにみえる親子でも、そういう体験はあってさ。
もちろん、それが本当にひどい虐待となっていて
自分でもどうにも出来なくて
子どもも親も苦しんでいるようだったら、
ぜひ誰かに相談して欲しい。
わたし、辛いんです。って、もう無理なんですって。
正直に言葉にして、たくさん泣いてもいいと思うんだ。
そしたらきっと、辛かった自分に気づいて、
ぱんぱんになった心が涙にかわって流れ出ていくから。
私は子育ての悩みのあれこれの相談相手として、
自分の母親
兄弟、友達、保育園のお母さん
フェイスブック、保健所の無料相談
などに頼っています。
こんなこと、誰にも言えないよなーってことは
どうして誰にも言えないのか?と考えてみると
他人や社会の目を気にしているからってこともあると思います。
ひどい人だと思われたくないとか。
悩んでるって思われたくないとか。
弱さを見せたくないと思ってるとか。
そして重症化していけばいくほど、
人に相談も出来ないような精神状態に追い込まれたりもする。
私も初めのころ、私が母親なんだからっていうプライドが強くて
人に相談したり、悩みをうちあけることは
ダサいって思っていたことがった。
でも、そんなこと全然なくて、どんな小さな悩みでも
先輩ママたちに相談すると、みんなとてもよく答えてくれて
自分がどれだけ何も知らない中でもがいていたかを知った。
自己流は自己流でいいんだけれど、
でも、もっと視野をひろげると、とても楽になれたりもするんだよね。
肩の力を抜くことは、こどもにもゆとりを与えることに繋がる。
「お母さんとはこうである」
「子育てとはこうである」
「親とは、こうでなくてはならない」
そんな、自分が持っている 固い価値観は
実はそうでない自分を責める武器にもなってしまうので
ぜひ、一度とっぱらってみてもいいと思った。
たまには、ぐうたらなお母さんでもいいじゃん。
几帳面すぎて、ぴりぴりしてるより、ゆとりがあるじゃん。
毎日手作りじゃなくてもさ、たまにはスーパーのお惣菜でもいいじゃん。
料理に手を抜いた分、こどもと遊んだっていいじゃん。自分の時間に使ったっていい。
夫婦喧嘩を子供にたまに見せてしまっても、人生勉強になるかもしれないじゃん。
両方の意見をしっかり見れる子は、弁護士とかになれるかも☆
なんて、自分の中のしちゃいけないと思っていた価値観を
少し見かたを変えてみると、肩の力が抜けるかもしれません。
苦しまないで。
いいお母さんでないことに、苦しまないでいいんだよ。
そして自分の子供も
いい子であることが正解ではないということ。
なんでいい子じゃないの?
イコール
なんでいいお母さんじゃないの?
と同じこと。
すばらしい母親を、こどもは求めているわけじゃない。
笑っているお母さんが、こどもは大好きなんだよね。
2014年06月12日
子どもが新たな可能性を連れてくる。
子どもを授かるまで、
わたしは自分の人生はずっと、
自分の好きなことをして
自由きままな旅の延長のようなものだと思っていた。
それまでインドやタイに長期滞在しながら
身体やたましいのことについて勉強したり、
スピリチャルなことに触れてみたり
社会の枠から抜けて、自分というものを探ってみたり
わたしの中に眠っている細胞をひとつひとつ見つけて生かすように
好奇心旺盛に、そしてやりたいことには貪欲に暮らしていた。
インドで満月や新月に合わせて、世界中の旅人たちとライブをしたり
時には砂漠のジプシーたちと共に暮らし、一緒に踊り、うたったり
タイではタイ式マッサージを習い、様々なセラピーをライフワークにしている人たちと触れ合ったり
ブッダが生みだした瞑想法を10日間毎日10時間やってみたり。
裸で海を泳いでみたり、裸足で朝まで踊ってみたり
洞窟で暮らすインドの修行僧サドゥに、瞑想とマントラを教わったり。
日本で暮らす長野からまったく出たことのない両親には
そんな私の生活なんて打ち明けたら、きっとショックで食事ものどを通らなかったであろう。
「めぐちゃんはいつ働くんだ?ただ、日本から逃げたいだけだろう?」
父にはいつもそう怒られていたっけな。
でも、私は勝手に思っていた。
大学に行かなかった変わりに、わたしは旅を通して自分の学びたいこと
体験したいことにお金と時間をかけていいと。
そしてその体験を、絶対に自分の人生に役立つんだと。
高校三年生のとき。わたしは自分の行きたい大学を探し当てれなかった。
行きたい専門学校も、見つけ出せなかった。
自分が何になりたいのか、分からなかったのだ。
好きなことはあった。写真を撮ること、ダンス、絵を描くこと。いつか映画を撮りたいとか。
でもそれを仕事にする勇気もなかった。
本当に行きたいところが見つからないのに、親にお金を出してもらって
学校に行くことが、申し訳なくて、それなら働こうと思った。
でもいつも、興味もない仕事をしては苦しくなって、
早く終わればいいのに、とイライラして。
自分の人生を奪われているような気持ちになっていたっけ。
夢は
いつか将来の自分が叶えてくれるであろうと
思っていた。
将来の自分まかせ!!(笑)
旅をしていると、本当に何にも縛られずに生きている人にたまに会う。
自分を生きてる人だ。
「だれだれのためを思って。」とか
「だれだれが悲しむから。」とか
「だれだれがいけないって言ったから」 とか
そういう誰かのために一切生きていない人だ。
「これはわたしの道なのだ」 と、腹をくくって生きてる人。
そんな人はとても強くて、でも時にとても孤独そうだった。
孤独に弱い私には、そんな強さを身に着ける勇気がなかった。
私は束縛というものに恐怖感を感じている人なわりに、
いつも言い訳に「だれだれがこう言ってるから」を使っていた。
それを言ってる時点でもう、わたしは私の人生から逃げてることになるのにね。
そしてそれは、他者に依存することで、
自分を寂しさから救う手段にもしていたんだ。
私はそんなんだから、自由を求めても求めても
なぜか不自由で
今だからこそわかってることでも、そのときの自分には理由がよく分からずにいたから
自分の道を生きてる人が、とてもうらやましかった。
自由というものはとても難しいもので、
考えれば考えるほど不自由さもつきまとい、
そして自由を求めれば求めるほど、束縛しようとする人が私の目の前に現れた。
それは特に、両親という形で私の前に現れた。
大きな壁だった。
一番傷つけたくないけど、一番乗り越えたいもの。
一番嫌われたくないけど、嫌われないと私が私じゃなくなる気がした。
「どうしてあんたは普通に生きれないの?」
そんなことを散々言われてきたけれど、
母や父の思い描く娘像にたまたま当てはまらなかっただけで、
わたしはわたしの普通を生きている。
そして、私はインドの旅から帰国後、初めて妊娠した。
それはまったくの無計画な出来事だった。
インドの旅で、会う人会う人になぜか
「いつ子供を作るのか?」 と散々聞かれていた。
そしてテンプルで逢った少年には、赤ちゃんが出来るようにと
お腹におまじないみたいのまでかけられた。(笑)
彼は男の子が絶対いいよ。と言って、男の子が生まれたら名前は「シヴァ」 (インドの神様) にしてねと言った。
残念ながら彼の願いは叶わず、私は女の子を授かった。
わたしにとって初めてのお産は
初めて行く未開の地を旅するようなワクワクに満ち溢れたものだった。
おなかの中には、数億年もの時を離れて暮らしていた愛しの人が
やっと私に出逢いに宿ってくれたのだというような気がしてならなかった。
「早くあなたに会いたいよ。」
どんな顔をしてるんだろう?
どんな性格なんだろう?
私はこの子と、一体どんなことを体験できるんだろう?
そして私は、大好きなタイで自然に囲まれた環境で
この子を、私と赤ちゃんと、彼とだけで迎えたいと思うようになった。
でも、そんな私のわくわくした発想は、みんなに語れば語るほど
「何言ってるの?!無理よ。危ないから絶対にダメよ」
と、反対された。
なんで反対されるんだろう? それが率直な私の気持ちだった。
こんなにもワクワクしてるのに。 こんなにも嬉しいのに。
なんでみんなは不安がるんだろう?
そして私は色々あって、本当にタイでの自力出産にまで辿り着くのですが、
その辺はちょっと省いて、、、。
あれから四年たって、いま
もうひとりの可愛い娘に恵まれ
でも相変わらずの母子家庭で育てているわけですが、
最近、おしゃべりも達者になった娘は反抗もするし、あーだこーだとうるさかったり
怒ったり泣いたり、自立心がメラメラしてるかと思ったら、赤ちゃん返りしたりと
私の気持ちはイライラしてしまうことが多くて
たまにものすごーく、こころに余裕がなくなることもあるんですね。
本当に、自分のダークサイドをかなり見せつけられるわけです。
自分は穏やかで悪のない、まあまあいい人であると思っていたのに(笑)、
実はこんなにもダークサイドがあったんだ!!と。
でも大抵、そんなイライラするときって、
自分の都合道理に動いてくれない時なんですね。
自分の思い描いている娘でいてくれない時。
あー、わたしも私の中の 「普通」 を、この子に当てはめてしまってる!!
あんなに両親に対して否定していたことを、やっぱり自分もしてしまっている。
そんなことに気づかされるわけです。
「どーしていつもあーちゃんはそういうことするのよ」って。
でも、最近気が付いたことがあって。
夜になると、あーちゃんは言うんです。
「ママ、おさんぽいきたい」
私は時計を見て言います。
「もう7時だよ。お風呂の時間。こんな夜にこどもは外へ出ないよ。だめ」
「やだやだ!!絶対にやだ!行く!!」
絶対に、ひかない娘。
しぶしぶ私はメンドクサイなーと思いながらもサンダルをはいて
「ちょっとだけだよ」と言いながら外へ出る。
すると、星がすっごいきれいだったり
雨上がりの空気が身体にすーっと入ってきて、なんともたまらない気持ちになったり。
「ああ、なんだか。きもちいね~」
「でしょ。おさんぽしよう」
ふたりで手をつないで夕暮れの道を歩くと
様々な発見があって、帰るころには、行ってよかったなーって気持ちになってるのです。
他にも、あーちゃんがきっかけで行くことになった病院で
たまたまこのブログを読んでくださってる人に出逢って
嬉しい言葉をかけてもらえたり。( 今日出逢えたお母さん、ありがとう)
私が 行きたくないなーメンドクサイな― と思ってることも
あーちゃんに連れて行かれると、新たな風がびゅーっと吹いてきて
本当にいいことが起こるの。
あー、この子はタイでのお産といい、わたしを導く人なんだなーと
本当に本当に、すごいなーと感動。
子どもって、そうやって
親が全然興味がなかった分野の可能性を開けてくれたり
新たな学びを運んでくれたり
ショッキングなことも含め、本当に面白い冒険させてくれる。
まさか私が、プリキュアのテーマソングを歌って踊ってしまうようなママになるなんて、、、
まったく想像してなかった、、、。
柔軟に、生きる。
わたしの 真ん中を生きる。
こどもたちから、ほんとうに
たくさんの刺激をもらうこの日常が
宝物であることに
きっと子供が巣立つころ
じんわりと、じんわりと
感じることになるんだろうなー。
それにしても、やりたいことがありすぎて
子どもが二人いても
貪欲な私には変わりなくて、、、。
この人生のお役目が終わってしまったら
私はこの人生を卒業してしまうんだと思ったら、
本当のお役目に気づいてしまうのがちょっと怖く思ったり。
まだ旅の途中。
まだまだ、答えは埋もれてる。
雨あがりの夜に
かえるの合唱がきこえてくるよ
さあ、あすはどんな一日になるだろう。
おやすみなさい
2014年06月08日
母親という役割における社会からの重圧 その2
(写真 インドはリシュケシュの山の中にて。 若いお母さんと子ども。 2009 )
お待たせしました~☆
「母親という役割における社会からの重圧」 の続き その2です。
今日ね、なんだかとってもこの話題にリンクしたことがあったんです。
そのお話からさせてもらおうかと思います。
今日は日曜日。
私は子供達と母親と四人でランチしに行きました。
ご飯が来て、家族でわいわい賑やかにご飯を食べていると
7歳と5歳くらいのかわいい姉妹がお母さんに連れられて
お店に入ってきました。
入ってくるなり、お母さんは子供たちに怒りまくっていて、
娘さんたちはそんなお母さんにとっても緊張していて
一言も話しません。
あー、なんか叱られているのかなーなんて思っていたら、
突然、 ガシャン!!という大きなテーブルを叩く音がして
振り返るとお母さんがものすごい形相で子供を怒鳴り、
テーブルを叩いていたのでした。
がやがやした店内でしたが、その音は私たちの胸に突き刺さり、
私の娘もびっくりしていました。
おいおい大丈夫か?!
私はしばらくその親子の様子を勝手ながら伺わせてもらいました。
娘さんたちはびくりとも動かず、お母さんは真っ赤な顔をして
子供たちにイライラをぶつけています。
その瞳は我を忘れているようで、しばらくそのお母さんは両手を頭に付けて
あーもう!!というように顔を伏せていました。
なんだか、なんだか、、、。
うちの母は子供たちがあんな叱られ方をして
なんてかわいそうなんだ、と言っていましたが、
もちろん子供達もあんな叱られ方をされては気の毒ですが
私はその母親の姿を見て、なんだか泣きそうになってしまいました。
しばらく母親は一生懸命冷静になろうと 深呼吸などをして
10分後くらいには子供とふつうに会話を始めました。
よっぽど、、、お母さん何か
一人で抱え込んでるんだなーって。。。
自分自身にも似たような経験があるので、お母さんの気持ちが痛いほど分かるし、
なんだか、自分自身を客観的に見せられているような気がして、、、。
多分、子供達が怒られてる理由なんて傍から見れば大したことではないのでしょう。
お母さんが怒ってる理由は、子供が100パーセント原因ではきっとない。
とにかくもう、いっぱいいっぱい。疲れてるんです。
一人で何か抱えすぎてるんです。
もしかしたら、旦那さんとのこととか、仕事場でのこととか、お姑さんとのこととか?
自分のことを、自分で嫌いになっちゃうような出来事とか、、、
他でのストレスが沢山あって、
そこへもってきて
どうしてこんなに頑張ってるのに、
子供たちは言うことを聞いてくれないんだろう?と。
するとちょっとしたことでも、ムカムカムカ~!! と
子どもはイライラを出すはけ口になってる可能性大。
子どもはレストランであんな風に叱られ方をして
とっても身体もこわばって震えて、きっとごはんもおいしく感じられなかっただろうに、、、。
とても切ないですね。
その親子の話している内容までは聞こえなかったので、これは
あくまで私の勝手な妄想ですが、
でも、きっと 母親という役割を担っているみなさんなら、経験がひとつやふたつ
あることではないでしょうか?
公共の場ではしなくても、家の中でしてしまったこととか、、、。
「 お母さん、まあまあ肩の力抜きましょう。色々辛いですね。おつかれさまです 」 と、
肩でも揉んであげたい気持ちだったけど
ちょっとこちらも手がいっぱいで出来なかったな、、、。
ていうか、そんなこと見ず知らずの人からいきなりされたら
何?!って思われちゃうかしら??
でも、そういう他人事っまたはよそ様の家のこと的な 見えない距離感の壁があるのが
私は今の日本を象徴しているような気がする。
そういうのってどうなんだろうって思うんだ。
もっと気軽にふれあってもいいよね。
もしこれがタイで私が子供達にレストランで怒り狂っていたら
その辺のおばちゃんがきっと
「どないした~ん?ちょっと疲れてるんじゃないん?ほらこれでも食べなよ まいぺんら~い」って
してくれると思うんだよね。
昔は日本も、子どもは社会でみんなで育てていた。
私が今住んでる篠ノ井も、
私が娘とのお散歩の帰り道で、あーちゃんがぎゃんぎゃん泣いて
絶対に帰らない!!と立ち往生したときも
本当に私は困り果てていて(しかもミーを抱っこしていた)
そしたら近所のおじさんやおばあちゃんたちが、あーちゃんのでっかい泣き声を聞いて
出てきてくれて
「どうしたの~?帰りたくないの~?」って声をかけてくれた。
その一言に私はとても救われて、
イライラが爆発し、そろそろ噴火しそうだったのが、すーっと我に返ることが出来たのだった。
お母さんという生き物は、子供を危険な目に合わせまいという危機意識を常に持っている。
それはきっともう本能。
だからいつも子供のことを気にしてるし(特に幼少期)
他にもやることも沢山ある中で、いつも子供に目を向け
そして更に子供以外の家族の面倒からお世話から受け持ち
本当に一日中フル回転。
そんな中で常に、中々スムーズに思い通りにはいかない子供とのやり取りを受け入れて、
こーだあーだと躾もして
どんだけ毎日仕事量あるんだ?ってくらい。
普通に働きに出ている時間の方が、どれだけ自由でどれだけ快適かと
子育てをしてみて初めて思ったのが本音。
でも、それくらい、現代を生きるお母さんは
ちょっとお母さんとしての仕事量が増しすぎてるんではないか?
負担が多すぎてないか?
と、はたと思ったカミュなのでした。
ま、人それぞれ家庭環境によっても違うと思うですが。
私はシングルだけど、母と同居なので
子どもたちを一緒に育ててもらっているので
本当にありがたい環境です。
自分以外に子供のことを見てくれる人がいるかいないかは
とても大きい。
そして、みんなで子育てをしていく社会を育てていくためには
まずはお母さん自身が心を開く必要があるなーと思う。
優しさや思いやりを、受け取る姿勢があるかないか。
どんなに本当は協力してくれる人が回りにいたとしても、
それを自分が拒んでいるようだったら、やっぱり孤独な育児からは抜け出せない。
それは、今の私にとっても大きな課題の一つでして、、、。
受け取れば、きっと娘たちのためになる。成長の糧にもなるし体験も増える。
でも、受け取りたくない自分もいる。
それが、子供達の必要としている体験を奪っていることにも気が付いているんだけど、、、。
ぶつぶつ、、、独り言でした。
今夜はこの辺で その3へつづく~ ♪
コメントなど、何かあればぜひくださいね。
私のブログはいつもコメントが少なくて寂しい、、、。なぜだ、、、。
久しぶりのかすけちゃんからのコメント、嬉しかったです。ありがとう。
2014年06月06日
母と言う役割における世の中からの重圧。その1
最近ずっと考えている。
お母さんて、どうしてこんなにやること多いの?
どうしてこんなに、欲求されるの?
どうしてこんなに、子育てにおいて母親ばかりに責任を押し付けられるの?
どうしてこんな~~あに、 、 、♪♪
と、途中から歌になっていくのですが。 (笑)
うたってないと、つぶされちゃう!!
だから歌にしてるんじゃ~。
というわけで、こんばんは。
手のひらから宇宙を奏でるセラピストであり 母であり うたうたい
本当はもう眠たいけど悔しいから書いている、空色カミュです。
妙なテンション、、、。
今日は短めにしようと思って、タイトルにちゃんと その1 を付けました。
☆みなさんはどんな社会だったら、こどもとの生活が楽しいと思いますか?
☆または、どんな家庭環境だったら、母としてストレスなく暮らせると思いますか?
☆仕事をされているお母さんだったら、どんな職場だったら子育てと両立しやすいと思いますか?
私は今4歳の娘と7か月になったばかりの娘を育てています。
未婚で、母と実家で四人で暮らしています。
未婚なのにどうして子供が二人いるの?ってきっとみんな疑問に思うと思うのですが、
そのあたりのことは ピーーー っ てことで、、、。
多分、みんな知りたいとこだと思うんですけどね。(笑)
まあ、そのうち。
今回書きたいテーマは、 母親ってなんだろう? です。
子どもを授かり、無事に生まれてくれて、母になった私。
でもいつもどこかで、お母さんである私と、本来の自分と、自分の中にある子供の部分と
いったりきたりしながら、やっとこお母さんをやってるような感じです。
子供育ては自分育て。
そして子供を通して自分の両親との問題も出てきたり、
幼少期に満たされていなかった部分や、腑に落ちなかったことなどが思い出されて
どどどーっと出てきてしまったり、
パートナーがいる方は、そこでの問題も濃く出てきたり。
子育てって、もっと楽しいはずじゃなかった?
こどもって、天使じゃなかった?
もっと、旦那さんて頼れる存在のはずじゃなかった?
なんて、思うことも正直あります。
そして気が付いた、いつも自分をジャッジしている
「いいお母さん」 像。
これって一体なんだろう? どっから登場した?
そして同じように存在する、 「いい子供」像
一体私たちはどんな幻像を抱き、そこに当てはまらない自分や子供を傷付けていることか、、、。
「あんたの子供なんだから、もっとあんたがしっかり面倒みなさい」
「母親がしっかりしないでどうするんだ?」
「あんたの子供なんだから、こどもの気持ちくらいわかるでしょう?」
「自分で産むって決めたんだから、責任もってちゃんと育てなさいよ」
「あの母親、何してるんだ?こどもの面倒もちゃんとみないで」
はいはい。たしかにごもっとも!
そうだよね。私は母親です。
そうだよね~、そうだよね~。わたしが生んだんだし、私がしっかり育てなくちゃね。
「ほら、あのうちの子、シングルマザーだからグレたのよ。」なんて、言われたくないしね。
でも、でも、これでも一生懸命やってきたんだよ。
そして、私はそんな言葉を言われるたびに、
苦しくて、辛くて、そんなこと分かってるけど、
これ以上どうやったらいいのか分からないんだけど
手をかしてよ。ならアドバイスちょうだいよ。ちょっとこの子たちと遊んでよ。
わたしはもう、限界なんだけど~、、、。 と
溜まっていたストレスがどばーんと出て、
子どもにちょっとしたことでキレたりしちゃったり、
わんわん泣かれるたびに、自分も一緒になって泣いちゃったりしていた。
自分に沢山 「ダメな母親」という評価を付けていた。
でも実はこれ、誰に言われたかと言えば、
自分自身が、自分に対して言ってる言葉でもあったのです。
みんなそう思ってるんでしょ?って。。。
そんなこと思ってないよーなんて言いながら、
こころではそう私を責めてるでしょ?って、、、。
そういうお母さんが、私だけではなくて
実は多いのかもということを知り、
一緒にいいお母さん像という苦しみからの解放、心の変化を産みだせたらと思い
ブログに書くことにしました。
たまに、違う記事に寄り道しながらになると思うけど、
今日からぼちぼち連載していこうと思います。
もちろん、そんな言葉を言われるだけではなくて、
私は沢山の人に助けてもらってるし、
みんなに子供達のことを大切にしてもらっています。
コメントなどもぜひお気軽に。
というわけで、つづく、、、。
今日は朝からまったく動けなかったな、、、。
この天気のせいなのか、疲れがどっと出てしまい
娘の風邪ももらってしまい、、、。
りんご畑に行けず、、、、
でもイチゴとたけのこの差し入れをもらい、本当に嬉しかった。
人の優しさって、こころの奥にじーんと染みますね。
ありがとうございました。
2014年05月30日
30代のわたし、母だけど、私。
子どもを産んでから
一日があっという間すぎてびっくりする。
朝起きて、朝ごはん作って、洗濯して、子供たちを保育園に送って
そうじして、仕事して、おひるごはん食べて
また仕事して あっという間にお迎えの時間で
そして子供達とおやつタイム
夕ご飯作って、 お風呂にこどもたち入れて
あーだこーだと 泣かれたり、怒られたり、時には叩かれたりしながら
かわいい娘たちをやっとこ寝かせて、、、
寝顔だけは本当に天使だなんてよく聞いたけれど
本当にそうだな~なんて思いながら
自分もすごい睡魔に襲われそのまま寝てしまいたいのを
起き上って、やっとこ訪れた自分の時間に
自分のやりたかったことを詰め込んでいる私。
やらなくてはならないことは、私は後回しに平気でするくせに
やりたいことは意地でも起きてやれちゃうから、
やっぱり自分のやりたい!!っていうモチベーションは
人生においてとても大切な力であることには違いない。
というわけでやらなくてはいけないことも、やったら楽しいに変換し
習慣化する癖をつけているところ。
人はやらなくてはいけないと思うと、時間を奪われているような気持ちになる。
たとえば私があまり好きではない食器洗いの時間とか
あえて時間を見て何分で終われるかを見てささっとやると
案外6分くらいで終わったりして。 なんだ、たった6分くらいへのかっぱ。と思ったり。
洗濯干す時間は音楽をガンガンかけて、のりのりでダンスしながらやってみたり。
家事を自分の時間として組み込んでしまえば、こっちのもの。
仕事は自分のすきなことだから、とても楽しい。
やりがいもあって、それでいてもっと学びを深めていきたいと思うし、
色々なアイディアも浮かぶ。人との出逢いは私をどんどん好転させてくれる。
そして私と出逢った人も、どんどん様々な繋がりが生まれていく。
それは私の特技であると思う。(とかいって、みんなそうだけどね。笑)
20代の自分が培ってきたことが、今のわたしにちゃんとバトンを渡せていることは
ちょっと嬉しい。
いや、大分嬉しい。
そして今の私がしていることが、40代の私にどう手渡されるのか、自分の人生の見どころ。
母になって、わたしはお母さんというものになろうなろうと
必死にこの4年やってきた気がする。
そしてそれと同時に、限られた時間の中で、捨てられなかったやりたいことを
出来るだけやってきた。
今出来る、自分の精一杯。
でももともと効率が悪い私。 もっと手際よくやれるようにしたいな。
二十代の私は独り身で、自由で、時間なんていくらでもあったし
未来の自分に妙な自信があって不安なんて持ったこともなかった。
でもそれは、知らなかっただけ。
娘が生まれいのちの素晴らしさを教えてもらい
父が死んだとき、この人生には終わりがくることを知った。
それはどんな人にも、どんな人生にも。
母という役割をもらった私の人生は、いつの間にか子供との時間が増えて
自分のやりたいことをやる時間なんて
限られていることを突き付けられた。
いいお母さんでいようと思えば思うほど、その時間はなくなっていって。
こんなに頑張ってるのに、こんなに娘を思ってるのに
娘が言うことを聞かないと、イライラしたり、カーッとなたりした。
どうして、わたしの思い通りにいかないんだろうって、子宮がきゅーってした。
だからやめた。
私が勝手に思い描いているいいお母さん像は、100パーセントを目指す必要ないし
そんなもの、最初からなかったんだと。
子育てもどうやら即興ライブみたいだ。
なんとなくのイメージは持てても、相手の出し方、自分の出し方次第で
音色はどんどん変化していく。
そうなんだよね。
自分以外の人を自分の思い通りにコントロールするなんて出来ないし、しなくていいことなんだと。
自分だってコントロールされたらいやだし、そんなの出来ないもの。
でも、相手がきもちいい出し方をすると、すばらしいハーモニーがそこに響くんだと。
私は娘の父親である人との関係がどうもうまくいかず、
結局シングルマザーという道を歩み始めたけれど
それを相手のせいばかりにして、ずっと責めてきたけれど
結局この未来を選んだのは自分の選択であり、
そして未来の私、これからの私の役割に必要であったからこそ、
その様々なトラブルを体験していたんだと、最近気が付いた。
そして問題は、相手のせいだけではなくて
自分自身が引き起こしたこと。
たくさんのことに気づかせてもらったし、たぶんこれからも気づいていく部分はあるんだろう。
どんな悲しみも、苦しみも、困難も、幸せを感じられないことも
ぜんぶ自分の肥やしになって、そしてそういう体験を
どんどん自分の中で耕して、次に生かしていくことが出来る自分になっていくことは
人生って面白いな~、と感じさせてもらえる。
辛いことを誰にも辛いと言えなかった時が、一番苦しくて
泣いたり、誰かに話したり出来るようになるのが第二関門。
そして次に訪れるのは、相手の気持ち、立場に出来るだけなってみて
自分を客観視できるようになるのが第三関門。
そんな関門を、イライラしたり、怒りが噴火したり、でも許したいと思ってみたり
それでもやっぱり無理だったりを繰り返しながら、私は最終的に
どんな感情に至るんだろうか。許すとか、許さないとかそういうんじゃない
もっとすごい、もっと緩やかな 穏やかな感情に。
相手が悪い、自分が悪いって、そういったジャッジこそがとてもむなしさを生んでる。
それぞれの価値観、それぞれのルールがあって、大切にしたい生き方があって。
その人がそうなっていったわけが、長いその人の人生というバックグラウンドにあって。
そこには、その人が体験してきたことが、宝物のようにたくさんあって。
家庭環境があって、学校があって、先生がいて、友達がいて、、、
そう思ったら、違って当然だし、違うからこそいろんなことが興味深かったわけで。
でも、それでもその価値観の違いに 最後に残った 怒り。
その怒りを紐解いていくと、ああ、わたし 自分を守りたい自分がいたんだ。
これ以上、わたしを傷付けてないで欲しいっていう自分がいたんだなって、、、。
怒りというか、防衛だったんだと。
そして、その怒りが私の次へのエネルギーとなってふんばれたこともあったり。
怒りを自分を保つモチベーションに転化するのは、どん底から這い上がるのは
そんなに悪い使い方ではなくて、
気がついたらそんなことも忘れて、自分の好きなことに没頭している。そんな私が
なんだかとてもたくましくなったもんだと
雨上がりの夜に、ひとり
思うのであった。
シングルマザーも悪くないよ。
空色カミュの日記でした。
2014年05月10日
まほう堂一周年記念☆でライブやります。

みなさ~~ん!!
ありがとう
まほう堂一周年 を祝して♪♪
5月21日(水)
13時より
まほう堂にて
ピアノ 朋 & うた 空色カミュ
で、一年ぶりにライブやります!
まほう堂一周年 を祝して♪♪
5月21日(水)
13時より
まほう堂にて
ピアノ 朋 & うた 空色カミュ
で、一年ぶりにライブやります!
まほう堂ありがとう
母と子、すべてのいのちを繋ぐ
インスピレーションハートフルライブ!!


ぜひぜひ、みなさんお気軽に
遊びにきてくださいね☆
一緒に楽しくて暖かくて、こころがじんわりする時間をすごしましょう♪
(まほう堂一周年記念セールもあるとか?!この前れいちぇるが言ってましたよ)
赤ちゃんもお子様もぜひご一緒に☆
平日のまっぴるまのライブです。
日頃家事や育児で中々家から出ていないお母さんたち
ぜひぜひ思い切って遊びに来てください♪
初めての方大歓迎です。新しい面白いミラクルな出逢いも待ってますよ♪
まほう堂は、キッズスペースもあるし、もちろん授乳やおむつ替えも可能です。
素敵な手作り作家さんのお洋服や、雑貨、フェアトレードのもの
環境のことや身体のことを考えて作られたおもしろ素敵アイテムが揃っています。
さてさてどんな歌が飛び出すかな~?!
午前中には りんごほっぺさんの上映会も予定されていますよ!
要チェックです♪
まほう堂ホームページ
http://www.mahoudo.com/
朋&かみゅのはらっぱライブ映像☆ (二年前の五月。はらっぱのーとにて)
2014年05月03日
ゴールデンウィーク初日
始まりましたね、ゴールデンウィーク。
さあさあ、保育園がお休みな娘たちと、何して遊ぼうか。
仕事もやりたいことが沢山あるけれど、ひとまず手をやすめて。
とりあえず、娘ふたりを連れて今日は善光寺花回廊に行くことにしました。
その前に娘のリクエストにお答えして、デパートのプリキュアの特設会場へ。
ププププリキュ~あ♪♪に夢中なあーちゃんと
色々物色し、あっという間に時間が過ぎ、、、
最近お姫様みたいな靴を履いている彼女は
「足が痛くてもう疲れた、おなかすいた、のど乾いた!!もう帰る。」と言い出し、、、。
というか、買ったおもちゃで早く遊びたかったのが本音だろうけれども。
その後、オープンテラスのカフェでランチをして、
さあ帰るかと思って駐車場に着いたはいいけど、自分が車を停めたのが何階だったのか
完全に覚えていなくて大ピンチ!!
げげ!!しかも立体駐車場は七階建て、、、。
思い出すんだ!!落ち着くんだジョー!
お腹いっぱいで疲れ果てたあーちゃんと手を繋ぎ、今にも寝そうなミーを抱っこし
お母ちゃんは内心 どっきどき、、、。
「あーちゃん、ごめん。何階に車とめたか見るの忘れちゃった、、、。」
するとあーちゃん
「あーちゃんおぼえてるよ!かどのところに車とめたよ!!」
「お!よく覚えてるね!さすが!!お母さんもそれは覚えてる。たぶん三階以上だったと思うんだよねー」
仕方ないので、とりあえず四階からせめてみよう。と思ってエレベーターでわざわざ降りては探し
降りては探しを4階から7階まで繰り返し、いつの間にか頂上に。
ない!!
ないではないか!!!(--;)
「くるまないね~。先帰っちゃったのかなー」 とあーちゃん。
先かえっちゃったのかな、、、マジで、、、
「ないねー、、、。」
そしておそるおそる3階へ行ってみることに。
「あ~~あった~~~!!!!」
お~~!!
愛車ちゃんがちゃんといました☆
まったくもー、本当にマヌケな母でごめんなさい。
立体駐車場を使ったときは、必ず何階かをチェックしてから降りるべきですね。これは鉄則です。
うっかりしちゃった~。
春だからだな。 うららかだからだ。
その後、お花を植え替えたり、

絵具で遊んだり。
創造タイム。

ん~!!いい表情です。
何かに夢中になってる顔って大好き。
それは大人でも、子供でも。
その人が我を忘れて夢中になってる姿が、私は大好き!!
明日は私は楽しみにしていた勉強会に行く予定。
今のところ行けそうです。やった~!!本当に感謝感激です~~!!
あーちゃんは夕方までばーばとお留守番の予定だけど、、、。大丈夫かな~。
何か仕込んでおこう。 子どもをみてくれる母にも本当に感謝です。
みなさんも、楽しいゴールデンな休日を!
お仕事されてる方は、本当にお疲れ様です☆
お仕事でぐったり~
子守でぐったり~~
な時はぜひぜひ
ナチュラルセラピー空色へお越しくださいね~!!
詳しくはこちらをご覧ください♪♪
↓ ↓ ↓
http://chapathi.naganoblog.jp/e1483999.html
先日、インナーチャイルドカードというカードと出逢いました。
私たちのインナーチャイルド(内なる子供)と対話することにより
ありのままの自分、子供の頃の純粋さ、本来の優しさや思いやりを
取り戻すことにフォーカスした78枚の本格的なタロットカード。
インナーチャイルドカードは、数百年の歴史を持つ一種独特なタロットの内容を、
「赤ずきん」「シンデレラ」「ピーターパン」といった現代の物語や形式に置き換え、
あらゆる世代の人を対象として作られた画期的なカードだそう。
カードにはインスピレーションを喚起する、希望に満ちたイラストが描かれており、
その明確なイメージは、輪廻転生や人生の循環という壮大なテーマに関するメッセージを
分かりやすく伝えてくれています。
まだまだ使い方も見かたも分からないのですが、
とりあえず一枚、引いてみました。

このカードの意味は
「ハートを満たし、人類全体に奉仕する。」
ふむふむ、、、。なるほど。解説書を読んでみると
今の私の背中を後押ししてくれてるようなメッセージのカードです。
自分を信じて、愛で満たして
責任を自分自身でおう覚悟をもって
みんなのお役に立てるように、自分の出来ることをしっかりとやっていこうと思います。
このインナーチャイルドカード、ご興味がおありの方は
施術後のティータイムの時にぜひ楽しんでもらえればと思っております。
もちろん、こちらは無料です☆
施術後の、クリアになった感覚の時にひく一枚は
きっと何か素敵な気づきをもたらしてくれると思います。
イラストもとても素敵ですよ♪
それでは、また明日☆
2014年04月29日
どうしてそう思ったの?

こんばんは。カミュです。
今日は新月のようですね。
どうも新月は眠くなります。
おまけにこの天気。娘たちは珍しく7時に寝てしまいました。
新月は何かを始めるにとてもいいとされている時。
私は今日から、あることを始めようと思っています。
そのあることとは、、、。
相手の立場から世の中を見てみることです。
私はこれが出来てないことで、今までの人生
かなり失敗してきています。
私は自分が大好き。
自分の欲望、自分の気持ち、自分の考え、自分の経験、自分、自分、、、
なんでもかんでも 自分フィルターからでしか
相手の気持ちを見ることが出来ません。
そして最大の欲求。
「 わたしのこと、分かって欲しい」
親にも、友人にも、先生にも、恋人にも、、、。
自分を分かって欲しいワールドの住人には、相手のことを理解する余裕なんてないのです。
ちょうど、娘が最近この わかってよ!中毒にかかっています。
私が赤ちゃんにおっぱいをあげてるとき、ひざで抱っこしてる時、
お姉ちゃんはとにかく怒ります。
しかも本音が出てこない怒り方。
例えば、
娘 「 ちょっと!!!ママお茶もってきてって言ってるでしょう!!!」
私 「ねえみてごらんよ。今おっぱいしてるんだから、お母さん立てないでしょう。おっぱい終わったら持ってくるから待っててね」
娘 「いますぐ持ってきて!!」
私 「なに怒ってるの。おねえちゃんでしょう。赤ちゃんはおっぱい飲まなくちゃ死んじゃうんだよ?待ってなさい」
娘 「いますぐもってきてくれないなんて嫌だ!ママのバカ!!!」
私 「も~!!!なんでそんなにわがままばかり言うの!少し黙ってて!!!」
娘 「ママなんて大嫌い!!ばか!!」
このループは永遠に終わることはありません。(苦笑)
娘はボリューム最高10だとしたら、13ぐらいの大声を張り上げて怒るんです。
全身全霊で、私に何か訴えている。
言葉の裏に、何かきもちが隠れている。
でも私はそれに気が付けてないの。
「まったくどうして待てないの?
どうしてそんなわがままばかり言うの?」
以前の私はいつもそう思っていました。
わがまま言って困らせたいの? 何でナノ?!!
「私は静かに待っていて欲しいのに、どうしてわかってくれないんだろう。」
そう、自分の立場からの目線でしか、子供の行為を見ようとしていなかったのです。
でも、朝方、娘がぽつりと言ったのです。
「 最近ね、ママがみーちゃんばかり抱っこしてるから、あーちゃんさみしいんだよね」
?!!
私 「そっかー、そっかそうだよね。お母さんずっとみーちゃんのことばかり見てたもんなー。さみしかったよね。
ほら、こっちおいで。ぎゅーしよう!!」
娘 「うん!」
私 「お母さんは、あーちゃんのこと大好きだし、本当はもっとふたりで遊びたいって思ってるんだよ。
いつもさみしい思いさせてごめんね。今日はミーちゃんが寝たらふたりでお絵かきしょう!」
娘 「うん!!ままだーいすき☆」
**** ^^
お姉ちゃんはちなみにもうすぐ4歳。
一人で色々出来るようになってきたのに、最近全然自分でやろうとしなくなっていました。
なんでも 「ママ食べさせて」 「ママが着替えさせて」 「ママがお茶のませて」
なんで自分でやらんのよ~!!と怒っていましたが、それも私に甘える手段として
彼女なり考えた行動だったのでしょうね。
ママ、さみしいのわかって。
ママ、だっこしてほしいのわかって。
ママ、わたしのことも見て。ママ、大好きなんだから!!
そんな、彼女の本当のきもち。
気が付いてあげてなかったから、あんなボリュームMAXで叫んでいたんですね。
「お茶もってきて!!!!」って。
最初から「さみしい」って言ってくれたら分かりやすいんだけどな~、、、。
でも、そうはいかないのですね。
その気持ちに気が付けるようになってからの私の言葉は少し変わりました。
娘 「もー!!ママ ミーちゃんのおっぱいしないで!!」
私 「もー、さみしいんでしょ?こっちおいで。ママのひざあいてるよ」
娘 「 やだね。みーちゃんなんてきらいだもん!」
私 「ほらほら、こっちおいでよ。ママと手をつなごうよ」
娘 「ふん! ママったら!やだもん、」
私 「おっぱい飲んでる間、ママをみーちゃんがひとりじめしちゃってることが寂しいんだよね。わかるわ~。
でも、我慢して待っててくれてありがとう。おっぱいおわったらぎゅーしてあげるからね。」
娘 「うん。。。さみしい」
さみしいって素直に言えないのは、大人も子供も同じだったりしますね。
相手の世界から、自分を見てみること。
もっともっとしてみよう。
自分の 「わかってよ」 はまず置いておいて。
それが先に出てる限り、相手の立場にはやはり立てませんものね。
不良少年たちも、きっと何かに気が付いて欲しくて
あんな音のすごいバイクとか夜中に走らせてるかと思うと
ちょっと切ない。
何がさみしいの?
何が辛いの? 何を分かって欲しかったの?
どんな言葉を、あなたは待ってるの?
誰に、分かって欲しい気持ちがあって
反抗しているの?
ビール片手に酔いつぶれてるおじちゃんも、きっとそう。
どうしてわかってもらえないんだよ、、、。こんなに頑張ってるのに~。って
よーく観察してみると
自分のインナーチャイルドも
いまだにそんな反抗していたりする。
分かって欲しかった気持ちは、案外長引くもんみたいで。
相手にとっては、どうでもいいことかもしれない。
でも、本当は自分にとってはとっても重要なカギだったりもする。
先日、私も相手への理解が足りなかったがために
とても大切な人を傷付けてしまいました。
取り返しのつかないことになっちゃったけれど
自分がからっぽになって初めて
相手の立場にたった気持ち、世界がやっとこ見えてきました。
そしてこれから先の人生で、いろんな場面や体験を通して
またすこしずつ相手への理解は深まっていくんだと思います。
それは人生の宝探しみたいなもの。
自分の愚かさに自分自身がげんなりですが、しょうがない。
だから今夜から、私がはじめること。
「どうしてそう思ったの?」
そんな風に、相手の心の中に侵入すること。
そんな想像力を身に着けるように。
人は時に
思いとは裏腹な言葉を選んでしまうもの。
本当の気持ちって、言葉にしなくちゃ
相手には伝わり辛いものなのに、
言葉が違うまほうをかけてしまうこともある。
なんともまあ。
なんともまあ!!です。
日頃から、素直な気持ちをちゃんと素直に言葉に出来るように
ひねくれない練習もしときたいもんです、、、。
愛する家族と、仲間と、子供達と、仕事仲間と、お客様と、、、。
私がとった態度が
そのままの世界を映しだします。
ひっちゃかめっちゃかだった
4月 肉体的にも、精神的にも
ま~、久しぶりに やられたわ~って感じでした。
それもまた、いい学びでした。
今日から
今から
私が変われば
何か きっと 変わっていくよね☆☆
さあさあ
みなさま
おやすみなさい。
心地よい いい夢を♪♪

2014年04月27日
ドゥーラをご存じですか?

こんばんは。喉がカラカラなカミュです。
あー、ビールが飲みたい!と思いながら水で我慢しております。
今日は久しぶりに長野のタイランド アジアンナイトマーケットに
娘二人連れてランチに行きました。
デッキで食べるパッタイに、濃厚マンゴージュース。 うまい!!
そしてデッキの感じが旅の感覚を運んできてくれて心地よかったです。
働いていた頃がとても懐かしく感じました。 サンボさんにおんぶしてもらっていたあーちゃんも
いつの間にかでっかくなって。
デッキでごはんが食べたいと言い出したのはアウラなので、喜んでくれて良かった♪

(サンボさんに抱っこされて、ギャン泣きの図) (笑)
実はグランドシネマに映画を観に行こうと思ったのですが、
行ってみたら超満員!!!
そっかー、ゴールデンウィークですね。。。 チケットも売り切れておりました。
あー、思いついた日がタイミング悪かった。
でも、おかげで映画よりもおもしろくておいしい体験が出来たら満足です。
4月はなんだか体調不良が続き、
先日まで家族みんなで寝込んでおりました。
久しぶりの高熱。頭がガンガンしてまったく動けず、、、。
母親である私がノックダウンとなると、子供達のお世話は誰がするのー?って
危機的状況に本当にあっという間になってしまいます。
うちは母と同居ですが、母もぐったりしていたので、叔母にはるばる飯山から来てもらい
子供達のお世話やら、わたしの介護まで本当によくしてもらいました。ありがたかった~!
しかしミーのお乳だけは私以外方法はないので、(哺乳瓶を使ってミルクが飲めないので、、、)
どんなに苦しくても授乳だけはさぼるわけにはいきません。
とにかく水分だけはよくとって、遠ざかる意識の中寝ながら授乳だけし、
また叔母や母に預ける。を繰り返しました。
自分以外に子供達のお世話をしてくれる人がいるって、ほんと~~~にありがたいです。
特に私みたいなシングルマザーの場合、頼れる人が近くに
友人でも、職場の人でも、近所の人でもいてくれるだけで、どれだけ安心か。
でも、たぶん頼れる人が近くにいないって人もいますよね。
そういう時、どこかにそういう人を頼めるサービスがあるといいですよね。
長野にあるのでしょうか?
もし何か情報をお持ちでしたら、ぜひシェアしてください。
みなさんは、ドゥーラをご存じでしょうか?
ドゥーラとは、ギリシャ語で「他の女性を支援する、経験豊かな女性」という意味があるようです。
主に、意外と知られていない一番大変な産後のケアの時に、
動けない母親に変わって身の回りのことをケアしてくれる人のことです。
日本では里帰り出産が多いですよね。それはみんな母親が産後まったく動けなくなる時に、実家の母親に
身の回りのことを助けてもらうためです。旦那さんのお義母さんに助けてもらう方もいらっしゃるでしょう。
育児休暇が取れれば、旦那さんが身の回りのお世話をテキパキこなしてくれた方もいるかもしれませんね。
でも、そういった助けてくれる人がそばにいない人のために、ドゥーラの存在があります。
今回、産後ではありませんが、私が寝込んでしまったときに助けてくれた叔母のしてくれたことは
まさしくドゥーラだ!と思いました。
ご飯を作ってくれたり、買い物に行ってくれたり、赤ちゃんのケアをしてくれたり。
誰かがそばにいてくれること。
弱ってるとき、一番安心できる、薬以上の効果があるのではないでしょうか。
ちなみにこちらのサイトに日本のドゥーラ情報が載っています。
http://www.doulajapan.com/doula/
私はアウラをタイでお産したとき、ドゥーラ的存在を果たしてくれた人がいました。
タイ人の子供が5人いるお母さんです。 彼女は産後のケアの時は不在でしたが、
産前、わたしとおなかの中にいる赤ちゃんのために栄養のあるご飯を作ってくれたり
産後の赤ちゃんのお世話の仕方を教えてくれたり、本当に本当に私の心の支えとなってくれた人です。
あー、なんだか思い出すとじーんと胸が熱くなります。
会いたい。
こんなに大きくなったよって。
しかも妹も出来たよって。
そんなアウラが生まれた日が近くなってきました。
タイでお産ピクニック。
突拍子もないことしたもんだ。(笑)
今日もサンボさんとそんな話で笑いましたとさ。
さ、私もそろそろ仕事します!!
5月のG.W明けより、空色開始しますよ☆
今日はアジアンのデッキでたまたま前回マッサージに来てくださったお客様とお逢いしました。
「いつ再開するんですか~?楽しみにしてるんです!」
とすっごいかわいい笑顔で言ってもらっちゃってとても嬉しくなって
早く始めなくちゃ~!と、うれしいエンジンがかかりました。聞こえます?この胸の鼓動が!(笑)
これを読んでくださってるあなたにも
きっとお逢い出来る日が来るだろうと思っております。
身体も心もすっとする カミュのオールハンドのマッサージ。
ぜひぜひ、お楽しみに♪
しばらくは 一日一人限定 の予定です。
長くなってしまったので、また記事をアップします。
最後までお読みいただきありがとうございました。
おやすみなさい♪
2014年04月18日
動物と人間の暮らし
みなさんこんばんは。 カミュです。どうも。
お花見しました?
春満開ですね~。
さて明日は
「金魚の水槽の掃除を天気が良かったらやるぞ!」と
小声でここに宣言いたします。
去年の夏
お祭りで娘がもらってきた金魚さん。
一匹だけ長生きしています。
どこかに金魚さんが生きていける川があったら、そろそろ放してあげたいけど。
私の小学生のときの夢は 獣医さんでした。
「動物のお医者さん」というマンガをご存じでしょうか?
とっても好きで何度も読みました。
ムツゴロウさんも大好きで、ファンクラブに入会していました。(笑)
いつかムツゴロウ王国に行くのがひそかな夢でした。
マラソンが大嫌いだった私ですが、
ムツゴロウさんに会うことを想像すれば、ゴールまで走れる。
そのくらいムツゴロウさんを尊敬していたんですね~。
やはり昔からちょっと男性の趣味が変わっていた、、、のかもしれない。
でも、やっぱりムツゴロウさんはただ者ではないと今でも思います。
いつかお会い出来たらいいな~。
動物の中でも
一番私の胸をキュンとさせたのは
チンパンジーの赤ちゃんでした。
チンパンジーの赤ちゃんと一緒に暮らしたいと本気で思っていました。
獣医さんの夢は叶わなかったけど
いまチンパンジーみたいな娘たち二人と暮らしてるので、その夢だけは叶ったような気がします。(笑)
人間の赤ちゃんがこんなにかわいかったとは知らなかった!
何気にチンパンジーの赤ちゃんにキュンとしたのは、母性だったのかもな。
私は小学生の頃、いろんな動物を家で飼っていました。
ウサギ、カメ、インコ、犬、金魚、ハムスター、、、
ケガしてる鳥やらトカゲやら猫やら
いろんな生き物を家に持って帰って来ては
看病しながら動物をそばに置いておきたい衝動に駆られる私。
近所に犬猫病院があって、そこのおじちゃん先生がとっても優しい人で
私がいつもいろんなケガした生き物を連れていくと
かならず無料で治療してくれたのでした。今じゃ考えられなくないですか?そんなこと。
今でも、その犬猫病院の部屋の薬と動物の匂いが混じった感じのつーんとした匂いを
思い出すことが出来ます。
動物が好きな私。
でも、でもです。それは間違った愛であったことを
のちのち知ることになったのでした。
私はそもそも飽き性なんです。
結局最初だけ!!
いつもそうです。かわいいから飼いたい!絶対お世話するから!と言って
飼い始めた犬。でもだんだん散歩もめんどくさくなって
金魚の水槽の掃除も、だんだん面倒になって、、、
結局最後に母や兄がお世話係を引き受けて、、、。
結局私はただ、かわいいという理由だけで自分の物にしたかっただけなのだと気が付き、
それは本当に申し訳ないことだけど、かわいいぬいぐるみが欲しくて買ってもらったけれど
飽きちゃったみたいな感覚に似ていて
これこそ私のエゴってやつだ!と身に染みて
生き物には生き物の住む世界があって
それを出来るだけ邪魔しないのが、その生き物への本当の愛じゃないか?と思ったのでした。
もう二度とペットとして生き物を飼うことはやめよう。と。
それから、動物への気持ちががらっと変わりました。
キリンにはキリンの住む場所があって
鳥には鳥の住む場所があって
それぞれが、それぞれのいて気持ちがいいところにいれることがハッピーなんだよな。と。
飼われてる犬や猫も、そこが気持ちよけばハッピーだろうけど。
山から餌をさがしに狸やクマが人里に降りてくるのは
よほど食べ物がなくて辛いからだろうなと思うと、なんだかいたたまれないね。
その原因を作ってるのは人間だろうし。
無責任な私には、動物のいのちと同じ家で共に生きることなんて出来ないや。と幼少期に学習し、
動物に値段が付きペットとして売られてるっていうのは、やっぱり妙に感じます。
でも、いい飼い主さんの元に行って、幸せに暮らせる動物はそれはそれで幸せなのかもしれないけれど、、、。
途中でやっぱり無理でしたって飽きられたり
捨てられるほど、悲しいことはないよね。
本当に私は最低なことをしていたな、、、。
金魚もかなりトラウマになっていたので、飼うことになったときは
正直かなり動揺しました。
案の定、娘の興味は二日で冷め始めました、、、。
金魚とコミュニケーションとれないし、気持ちが覚めるのも無理ないか。
小さい頃の自分の姿と娘の姿が重なります。
胸が痛いな。
金魚はそれにしても、私たちにまったく無関心です。
何考えて生きてんだろうな~。
何も考えてないのか、、、。ただ感じて生きてるのかな。
さ、明日は掃除だ!!
おやすみなさい。
2014年04月16日
販売という仕事
最近、25歳の時の日記を読んでいる。
25歳。
今これを読んでくださっているあなたは、
まだ25歳になってないですか?
もう通り過ぎていますか?
今まさに、25歳ですか?
通り過ぎた人、その時あなたは
何してましたか? 何を思っていましたか?
私は25歳のとき、新宿のマルイに入っている
あるレディースファッションブランドのお店で
副店長として働いていたんだけれど、
その当時の過剰消費スタイルの生き方を変えたくて、辞めて旅に出る決意をした
人生の分岐点ともいえる歳。
「仕事を辞めます。」 と言うとき、それはそれは厳しい次長になんて言われるだろうと
すごくすごくドキドキしたことを今でもよく覚えている。
その手に汗握るドキドキは、インドに行くよりも緊張感の高いものだった。
もともとこの仕事に就くきっかけとなったのは
私がお客としてお店に遊びに行った時、
たまたま来ていた次長にスカウトしてもらったのがきっかけだった。
次長は40代前半の女性で、いつも本当にオシャレで
二十代の小娘たちに負けないくらいの大人の女オーラをまとった
とても仕事が出来る人だった。 彼女を色で例えるとゴールド。
独身で、バリバリ仕事を謳歌して、タバコを吸う様もなんだかしっくりとくる。
彼氏、いたのかなー?それだけは誰も怖くて聞けなかったけれど、、、。
でもとってもとっても厳しくて、その仕事の厳しさに泣かされたスタッフは何人もいた。
でも、今思い出してみて思うことは
その厳しさはプロ意識の表れで当然であり、そのブランドを本当に愛していたからこそだったんだなと。
販売という仕事は本当に難しい。
若い販売員がやりがちなことは、自分の好きなものをよかれと思ってお客様に押し付けてしまうということ。
趣味があえばそれもいいかもだけど、
自分の趣味と、お客さんの趣味が同じとは限らないということをちゃんと認識した上で、
その人のニーズにあったものを提案しコーディネイトすることが本当に喜ばれる提案となる。
それを知る手がかりとして
「どこに着ていく物をお探しなのかな?それとも、ただ何となく見てるだけなのかな?」
「どんな人と一緒にデートするのかな?何回目のデートなのかな?」
「寒がりかな?暑がりかな?冷え性かな?」
「柄ものが嫌いなのかな?でもインナーでちょっとなら入れられるかな?」
「変わったファッションが好きなのかな?いつも通りな感じが好きなのかな?何か違ったアイテムを着てみたいのかな?」
などなど、会話とその人の着ているものや身に着けているもの、職業、髪の毛の色
肌の色から爪の切り方まで瞬時に見て、観察して、今あるお店にある洋服の中から
何パターンかコーディネイトをチョイスして見せて、着てもらって、着まわし方も沢山あることを見せて、
ほかのお店も見てもらって、
最後に戻って来てもえるような接客をする。というのが私の販売の仕方だった。ふ~。
そして売る、ということよりも
やっぱり心の奥に、本当に喜んでもらいたいっていう熱意があったからこそ
当時、売上ナンバー1の販売員であったわけだ。
今は、「自分で好きなものを選んで買えば、それでいいーじゃん」
というのが私の結論なんだけど、、、。それを求めてる人もいるからこそ成り立った仕事。
新宿という場所柄、一日にすごい人の数を接客しているうちに
その人の服装や話し方、ふるまい方などで、職業を聞かなくても大体分かるようになった。
多分、私が思うにベテラン占い師とかも、占いっていうよりも人を見たらわかっちゃうんだろうなーって思う。
カウンセラーとかもそうなんだろうな。もちろん、勉強もしないといけないこと沢山あるんだろうけれど、
やっぱり人に沢山会ってるうちに分かってくることってあると思うな。
話はそれてしまったけれど、、、、
次長に「辞めます」って話をした時のこと。
二人でランチをしながら、これからの未来について話をして、最後に次長が言った言葉。
その言葉がずっと耳から離れなくて、
私はずっと潰れそうになるたびに
その言葉の重みを糧にしてきた部分もあって。
次長がご飯を食べ終わって、ナフキンで口を抑えて
私の話を熱心に聞いてくれて
それで最後に優しい笑顔で言ってくれた言葉。
「あなたの10年後を楽しみにしているよ。がんばれ!」
辞めると言ったら、怒られると思っていた。
副店長として、無責任であること。
でも、次長は私を責めなかった。
それまで、ずっと会社に染まっていく自分が怖かった。
売上ばかりを気にして、
自分という存在が、なんだかロボットみたいになっていくような、
会社に魂を取られてしまうような、そんな感覚があった。
そしてこの会社にいたら、どんな風な未来が待ってるのかを
想像出来てしまうことが怖かった。
その未来像は、私を息苦しくさせた。
次長も、私をただの社員の一人としてみてるだけだと思っていた。
でも、次長は私の背中を押してくれた。
その10年後まで
あと三年。。。
この7年間、色々あったなー。
てんこもりだな~。体験だけは、本当に豊だ。
あのとき、仕事を辞めてなかったら私は何者になっていたんだろうか。
どちらにしても、東京にずっと居たとは思えないな、、、。身体がNOと言っていたからな。
というか、やっぱり今の人生しか自分にはないのだ。
色んな意味で、私は今自分が歩いてきた道のりのツケを沢山払うときが来ている。
自分が逃げてきたこと、向き合えなかったこと、傷つけたこと、無責任だったこと。
楽してきたこと。勉強してこなかったこと。あ~おろかな私!!
ご迷惑かけっぱなしのみなさんの顔が、何人も浮かぶわ。
本当に、申し訳ない。
でもそれが私。自分でまいた種は、結局は自分で刈り取らないとね。
「現実逃避は逃げ切ったもん勝ちさ。」と言ったラッパーがいたけれど(降神だったか?)
私は逃げ切れなかったよ。 でも、現実逃避が現実だったことも確かなんだ。
でもこの7年間
等身大の私らしく生きてきたことだけは、胸をはって言える。
無駄な体験はひとつもない。
沢山の素敵な人と出逢った。自分を知る旅を、沢山してきた。
素敵な生き方をしてる人たちと、たくさん出逢った。
それは本当にありがたい人生だった。
そしてこれからも、自分らしく、等身大で生きたいと思う。
子ども二人と手を繋ぎながらね☆
どんな人生も、アリだよ。
でも、やっぱりこの人生を振り返ってみて思うのは、
快楽が多ければ多いほど、なぜか波乱も多くなる気がする。
エゴが強くなればなるほど、他者からの抑圧も強くなる気がする。
自分が欲しがれば欲しがるほど、遠のくものがあったり
助けてもらうことを選びすぎると、相手から奪うことにもなりかねないし、
良かれと思った優しさは、人をダメにしたり、
言わないでいる勇気よりも、言える勇気のほうが結果的にいい方向にいくことを学んだり
でも言いすぎると人を傷つけてしまったりでどっちやねーんと嘆いたり
期待すれば裏切られるし、お茶でも飲んで待ってればなんとかなったり。
分からないこと、まだまだ沢山あるけれど
未来に不安を抱えてても時間のムダ。
祈ることや未来を想像することも大切だけど、
動かなかったら実現化はしない。
だから、これからもひたすら動き続ける。
目の前に、転がってる靴下を拾うよ。
それが今の、わたしの答えだ。
2014年04月14日
春の熱の作用
冬から春に変わるとき
毎年咳き込むような風邪をひくような気がします。
せっかくのお花も、なんだかその美しい満開な感じを見るだけで
咳き込んでしまう感じ。これは何かのアレルギー反応?
お花の満開って、魚の大群を見てるみたいな気持ちになってうわーっ(@@)てなるのは
なんででしょうか?
お花見もいいけど、野原で寝っころがってお昼寝でもしたいな~。
娘は珍しく高熱を三日ほど出しましたが、そんなに慌てることもなくなった私。
母親になって早4年。
まだ上の子が一歳のころなんて、熱が出るたびに大騒ぎだったっけな~。笑
当時の私はいちいち
「このまま熱が下がらなかったらどうしよう?!」(いやいや、下がらない熱はない。)
「脳にダメージとかいったらどうしよう?」(いやいや、高熱で脳にダメージとかはないない。)
きゃーどうしようどうしよう!!
って、慌てふためいていたけれど。RSウイルスにかかって肺炎で入院したこともあるし、
子どもがどれほどの体力があるのかとか、どこまでいったら危ないのかとか
見極めるような力も体験も全然なかったからなー。
来月で四歳になる娘は、月に一度は熱は出すけれど、
熱が出ても解熱剤とか使わなくても、ちゃんと自分の身体で菌と戦って、自分の力で治っていけるような
体力があることが、これまでの体験から分かってるので、
熱が出ても、特に何もしなないでも落ち着いて見守っていられるようになった。
といっても、子ども一人一人、これは全然違うものだと思うので、
毎日毎日、子供をみてる人にしか分からないことだと思う。
そうそう、この落ち着いて見守るっていうことが出来るようになるまで
色んな不安と戦ってきたけれど、
不安だったらお医者さんに診てもらえばいいし、薬だってちゃんと飲ませたらいいと思うし、
でも、どんなチョイスの上でも
お母さんが大丈夫だよってずっしりかまえていることが
子どもにとってどれだけの安心という薬になることやら。を実感。
あ、でもお母さんに気にしてほしくて病気になってるパターンもあるからね。
お母さんがあたふたして、自分のこと診てくれるのが心地いい。みたいな。
私も小学生のとき、母が仕事で遅くなった時に熱が出たことを今でもよく覚えてる。
あれはやっぱり、風邪ではなくて、さみしい熱だった気がする。
人は寂しいと、熱まで出せちゃうんだからすごい。
こっちをふりむけ熱っていうネーミングでもいいかもね。
自分を見て欲しい。大事にして欲しい。大切にされてる感を味わいたい。
幼少期のころ、よく思った。
甘えん坊で、いじけ癖の強かった私。
もしかしたら今でもその癖が抜けてないかもしれない。
恥ずかし~わ!!こんなに愛されて甘やかされて育ってるのにね。
それにしても、あーちゃん
発熱時何も食べたがらなかったけれど、カリカリ梅とおむすびだけは食べたい食べたい!と言ってた。
塩分と米、そして水分。 これだけで十分。
そして具合が悪いと私のひざまくらでないと寝ないのだけど、
ミーがおっぱいで泣くとどうしても、どいてもらわなくてはいけなくて、
でも意地でもどかないもんだから、そのまま頭の上に妹をのっけておっぱいしてみたり。(笑)
「やだー。みーちゃんうんこくさいから、やだー」って泣いていたけれど。(笑)
へへん。
熱のあと、なんだか少し肌も綺麗になったあーちゃん。
本当に、一皮むけたみたいに美しくなっていた。
大人の事情に色々巻き込んで、たくさん辛い思いをさせてきたけれど、
あーちゃんは私なんかよりいつも強くて、いつも受け入れていて、いつも私が一番好きだよと言ってくれる。
どんなお母さんでも、こどもはお母さんが好き。
だから、愛されないことに苦しんだり、お母さんが悲しんでることに悲しんだり
お母さんが喜んでくれることを必死になってやったりする。
私は、自分の母がずっと身体とメンタルが弱かったので、
出来るだけ負担をかけないようにと、私なりの優等生をしてきた気がする。
お母さんが望むこと。
お母さんが選んだこと。
お母さんが、不安に思わないこと。
でも、いつからかそれが逆転した。
お母さんに認められなくてもいい。
お母さんに選んでもらうんじゃなくて、私が選ぶ。
お母さんが不安に思っても、私がいいと思ったことはやる。
母はいつも私に言った。
「どうして普通に生きられないのよ?」って。
その言葉にまたイライラして、ふつうってなんだよ!!と、もっともっと
母が求める普通じゃないことに手を出したりして。
でも、いろいろ失敗して。
結局母が言っていたことは間違いじゃなかったことにも気がついたり。
ただの遅れてやってきた反抗期だったのかな。と思ったり。(苦笑)
「あーちゃんもミーも、あんたを守るために生まれてきたんだよ」
先日、母がそんなことを私に言った。
守るため、、、。
二人に挟まれて眠る夜は、とっても安心する。
この地球上で
いまここが一番のわたしの安らぎ場所であることは間違いない。
でも、それだけじゃないんだよ。
お母さんを守るためだけに、生きなくていいんだよ。
あなたは、あなたの人生を愛して生きて欲しい。
その中に、ありがたくも母という役割で、私が登場している。
いつも守ってくれてありがとう。二人の娘、そして私のお母さん。
これからも宜しくね。
それぞれの人生を、楽しみましょう。
2014年04月09日
ニートの気持ち

こんばんは☆
さあて、これはなんの卵でしょうか?
実は
恐竜の卵なんです!!
もうすぐ孵りそうです、、、。
今もバケツの水の中にありますが、怖くて覗けません、、、。
最近手を付けていなかった~空色カミュの日記~。
正直、書きたいことが前のようにありませんでした。
心の中から湧き上るような、今これ書いて伝えたい!残しときたい!
みたいなことがなかった。
自分、つまらん!!
つまらん自分と毎日一緒にいるのは本当に退屈。
そしてなぜか、二度目のお産で私は過去の様々な体験を忘れてしまった。
忘れてしまったというか、もう過ぎたことって感じで
リニューアルカミュ―になってしまったようだった。
ゼロな私。こんにちは。
でも、こんなゼロな私、どう手つけたらいいの?みたいな、、、。
産後5か月。
実はちょっとひきこもりになっていました。
そんなに人と会いたくないし、赤ちゃんと静かにしていたい。
というか、産後の疲れを結構ひきずっていたような、、、。
年齢もあるのでしょうか、、、。(笑)
29歳で長女をタイで産んだときなんて、二か月半でタイから二回も乗り換えして飛行機で帰ってきて、
そんでもって生後半年くらいから起業するため色々アイディアを出して
お店を作るためにおんぶしながらえっさほらえっさほらと
夜も寝ずに色々やって、スーパーハードに動きまくっていたし、
想像力も、やる気も満ち溢れていました。
でもなんか、二人目のお産のあとはどうもそんな行動力ないし、意欲もなぜか出ず。。。
病院でもみんなに助けてもらうようなお産だったし、どちらかというと
自発的というよりも、受け身な私になっていました。
いい意味で、まわりに頼れた環境があったからかもしれません。
そして、しまいには周りに頼ることになれて、甘えることが当たり前になって
なんだかゆとりある時間に自分の存在意味とかいろいろ考えちゃったり、
一日中家族意外と話したりしないもんだから、どんどん社会とズレていくような(もともとずれてるけど)
取り残されていくような?感覚を味わい。
あ~~!!ひっき―の気持ちが分かる!!
ニートの気持ちが分かる!!
というところまで来ていました。
そしてある衝撃の結末、、、。
これは本当に衝撃で、、、
自分の人生がひっくり返った感じでした。
そして自分と必死に向き合って向き合って
こんちきしょ~~!!っていろんなことを考えて
乳腺炎になって熱出して
身体も心も沢山沢山 自分を知るために必死に動いていて
で、そろそろ出てこようと。
春だしね。
結局
私が動かない限り、世界は変わらないわけですよ。
誰も変えてなんてくれない。
誰も引っ張り出してなんてくれない!!
誰かに期待して、おんぶしてもらってたら
それは自分の人生ではない!
私は自分の人生を、自分の足で歩ける人ではなかったか?
自分のやりたいことを、絶対やる人ではなかったか?
そして、自分の仕事についても色々いい機会だから考えました。
私がやりたいこと、そして私に出来ることで、人に喜んでもらえることを
必死に考えました。
そして自然に出てきた答え。
やぱりこれか。
というか、
お産してゼロに戻ったとか言ったけれど
結局自分が歩いてきた道が自分を作ってるわけでして。
好きなことも、変わらないわけでして。
あとはもうただ、動けばいいだけの話だった。
よし!!!
やることちゃんとやりますよ~☆宣言!!
ナチュラルセラピー空色 再開します!!
何日から?!
どこで?!
詳細はまた後日☆☆
2014年04月08日
入園式でした。
こんばんは。
なんだか久しぶりのナガブロです。
やっとこ、ここに戻ってきました。
長い冬が終わって、やっとこお花が咲く季節になりましたね。
今日は長女と次女の入園式でした。
お姉ちゃんの手をつなぎ、まだ5か月のミーを抱っこし
通いなれた園の扉を開きました。
「ごにゅうえんおめでとうございます」
のアーチの下で、みんな家族写真を撮っていて
ああ、そうだ!記念写真私も撮ってもらいたい!と思っていたら
丁度ご近所さんのお母さんがいらして、撮ってあげるよーと声をかけてくれました。
あーちゃんが恥ずかしがって逃げ回っていて、中々撮れなかったのですが、
一枚、素敵なのが撮れました。
いつかこの写真を見返して、ああ懐かしいなって思いだす日がくるのでしょうね。
私も心新たに、春の風に背中を押され
一緒に進級したような、そんな気持ちです。
あーちゃんをこの保育園に初めて預けた三年前、私は自分の心が大分社会に対し閉ざされていて
保育園に通うママたちと会話をしたことが実は一度もありませんでした。
「おはようございます。さようなら。また明日」
それだけ挨拶して笑顔を作ることだけで精いっぱいでした。
その頃、お店をやっていて、そこでは沢山のお客様や仲間たちと交流を持てたのに
保育園という場所では、なぜだか心が開くことが出来なかったのです。
どこかで、壁を作ってしまっていたんですね。
でも、同じクラスのお母さんたちと自然に話せるようになったのは、
子供同士が友達として遊ぶようになってからでした。二歳の後半くらいでしょうか。
お母さんたちはみんな
様々な職業、家族環境があり、みんなファッションも、好きなこと苦手なことももちろん違いますが
でも、同じときに、子育てをしているお母さんであることは変わりなく、
みんな似たような育児の悩みや葛藤の中で頑張っています。
私が妊娠中、おなかがとても大きかった時のことです。
朝の送りのときに駐車場の車の中で
「絶対に行きたくない!!」と言って大泣きだった娘を前に、どうすることも出来なくて途方に暮れていた私を
同じクラスのお母さんが気が付いてくれて、
「ほらほら、一緒に行こうよ~!」と言って
自分の子とあーちゃんを抱きかかえてクラスまで連れて行ってくれたことがありました。
そのたくましさと言ったら、本当に本当にかっこよくてありがたくって、、、。
嬉しかったな~。今でも思い出すとじーんとします。
子育ては、一人でがんばろうとすると苦しい。
でも、苦しいって言えないお母さんの現状も多い。
手伝って欲しいって言えない人も多い。
でも、気が付いてくれて、すっと手を差し伸べてくれる人もいる。
みんなで子育てしてるって感じ、すごく嬉しいです。
すごくありがたいです。
私も、そうでありたいなと思います。
最後になりましたが、
今年、保育園や幼稚園、小学校、中学校、高校、短大
入学されたみなさま、おめでとうございます☆☆
2014年03月08日
子供と楽しめるイベントを作るには
みなさんこんばんは。
久しぶりにブログに向かう時間が持てました。
ナガブロを初めて何年目?
私は子供達を寝かせた後、一人暖かい飲み物を飲みながら
ここに向かう時間がとても好きです。
いつも訪問してくださるみなさん、ありがとうございます。
今日は、篠ノ井にある ~このゆびとまれ~ で行われた
「ママが輝く☆マムズスタイル応援イベント」
に参加してきました。
次女のミーが産まれて四か月目。
産後は家族以外の人にあまり会っていなかったので、
タイトルにきらーんとときめくものを感じた私は、イベントの内容にわくわくしながら子供達を連れて行ってきました。
どんなお母さんたちに出逢えるのかなー。
どんなお話が聞けるかなー。
どんな発見があるかなー。 どんな企画なのかなー。
そして参加してみて、
沢山の子連れのお母さん、そして企画してくださった、子育てしながら自営業を営むかっこいいお母さんたちの
興味深いお話が聞けて、発見の多い充実した二時間となりました!
ありがとうございました。
本当にみなさん、子育てしながらも自分を生かし輝いていらっしゃいました。
ママが輝けるってことは、家族がママの仕事を理解しちゃんと支えてくださってるってことです。
そこが素晴らしいなーと思います。
そして、みんな真剣に取り組んでる。ライフワークとして楽しみながらやってる点が
とても素敵でした。
家族にとってお母さんという存在ってとっても大きい。
私も仕事をしながら子育てしていましたので、本当によく分かるのですが、
お母さんが忙しくてギスギスし出すと、その歪が子供にすぐ出るし、
お母さんが疲れ果てると、家族の暮らしのバランス、リズムが簡単に崩れるのです。
そこをうまくフォローしてくれる家族の存在はとても大きい。
本当にありがいことです。
この前パートナーとこんな話をしました。
「家族をバンドに例えるならなんだろうね?」と。
お母さんはリズムキーパーであるドラムってところでしょうか。
お母さんが暮らしのリズムをうまくリードし、みんなを乗せていくムードメーカーでもあります。
お父さんはギター?(お母さんのリズムの中で様々な表現をしていきます。あまり独りよがりに暴走しないでね。)
ボーカルは子供達。(リズムとメロディに乗せられ、のりのりです。でもリズムが狂うと中々うまく乗れなかったり。)
おじいちゃん、おばあちゃんはなんでしょうね? ( 。。。 募集中です)
私は今、家族での自分の立ち位置、お母さんである自分というものの存在に
改めて挑んでいます。
シングルでずっとアウラを育ててきて、母に支えてもらいながら、自分の好きなように生きさせてもらってきたし
自分のやりたいようにやってきました。それはある意味、本当にとても恵まれた環境でした。
母に家のことを任せて、外で仕事をしていた私は、まだまだ主婦レベル(家事や経済の管理能力)が低いし、
子どもとの関わり方(お母さん業)もまだまだへたくそだし、ホント、甘えてきたなーと思います。
もっともっと、自分の中でしっかりしなくちゃなことが沢山あります。
仕事も育児もやって輝いてるママたちをみると、
まだまだな自分が乏しく思え、みんなが眩しくも思えますが、
自信がない自分を認めてちゃんと学び
でも卑屈にならないように(笑)自分のいいところをちゃんと抱きしめていこうと思います。
今は 歌も、旅したい気持ちも、夜遊びも、すべて手放しています。
そんな余裕ないのが正直なところです。。。
でも、いずれそれが出来るときは来る。
必要なときに、最善のタイミングで。
逆に、手放してそのまま帰ってこないものは、必要なかったってことかなって思います。
本当にやりたいことは、未来の自分は決して手放さないでしょう。
でも、今日改めて
自分の生き方ってものを考えました。
32歳の今。
40歳になったとき、どんな自分になっていたいか。によって
今の自分がしとくべきことを逆算してみたり。 ウム、、、。
話は少し変わりますが、
私は今まで自分でイベントを立ち上げたり、コンサートをオーガナイズしたり、
仲間たちとお祭りをしたりと、準備する側のことを沢山やってきました。
もちろん、イベントは用意する人と、そこに参加する人がいてこそ初めて面白い体験が待っているわけで、
そこに集まった人たちみんなで作り上げるライブであるわけです。
何かイベントを用意するときって本当に楽しい。
でも参加する側になって改めて、どれだけ来てくれる人のことを考えて
イベントを作っていただろうか?と色々反省することもありました。
イベントって
オーガナイズする側がチラシなどで発信したメッセージやイラスト、写真など
なにかにびびっと来た人や、たまたま友人に誘われた人が
その日の貴重な時間をわざわざ空けて楽しみに、その空間と体験を味わいに来てくれるわけです。
そしてそこで、何かしら「参加して良かった」という気持ちを持ち帰れるか、帰れないか。
その満足感てなんでしょうね?イベントの内容によって色々違いはあるかと思いますが
子どもと一緒に参加できるイベントで満足感があるなと私が思うポイントを考えてみました。
☆今、母である自分が知りたいこと、学びたいことへのヒントがあった
☆素敵な出逢いがあった
☆家で子供と向き合ってばかりだが、外へ出て大人と会話が出来てストレス発散
☆普段、ネットやメールだけの付き合いが多い中、ちゃんと顏を見て話せる時間を持つことが出来た
☆ちょこっと素敵なおいしいものが食べれた
☆素敵な物をゲット出来た
☆新たな発見があった
☆新たな自分の可能性を見つけた
☆子供も遊べて一緒に楽しめた ( 感動や体験があった)
☆連れ添ってくれた旦那や家族も楽しめた
ということがあると、「あー行って良かったなあ。」と感じます。
逆に子連れには厳しいなーと思うことは、
☆子供が泣き出して帰りたいと言った。
☆子供の遊び場がない。おむつを替えたり、授乳できる場所がない
☆飲食が不可だった。
☆赤ちゃんを寝かせられるスペースがない (ずっと抱っこはキツイ)
☆何か参加するときに、いちいち並ばなくてはいけない。
☆マイクの音や音楽のボリュームがやたとうるさい
☆会場が激混み、座る場所がない
☆目的がはっきりしない
☆トイレがない
など。
これはちびっこの子連れにはかなりハードなものとなります。
(ほとんどの子連れイベントはこの辺配慮してくださってますが)
今日のイベントはこれらを上手にやっていらっしゃって
子供たちがたっぷり遊べる会場であったこともとても良かったです。
私も、これらの注意点を踏まえて、次回、何かアクション出来たらいいな~。
2014年01月20日
小さな戦い

ミーが生まれて二か月と20日。
正直、
赤ちゃんのミーはほとんど寝てるだけなので
まったくといっていいほど手がかからない。
といっても、もちろん夜は2時間起きにおっぱいあげたり
おむつ変えたりだけれど。
初めての育児の時はそれがすごく辛く感じたけれど
始めはそんなもんだよな。 という免疫があるのでそこはへっちゃらなようだ。
それよりも、なによりも
三歳のねえねにまだまだ、手が焼ける。
今日も沢山怒ってしまった。。。
「ママ怒ってない?」
私の顔色を見てはそう言うアウラに、本当に申し訳ない気持ちでいっぱい。
そういうときは正直に、
「いや、おかあさんは今、怒っています!どうしてだと思う?」
そんな風に言って、娘になんで私が怒ってるのか分かってるのか聞いてみると、
「あーちゃんが裸のまま洋服着なかったから。」
と、以外にちゃんとわかっていたりする。
子供は、親の顔色をもう見分けているんだなー。
最近、一コマ マンガ日記をたまにつけている。
そうすると、気持ちが楽になる。
今日あった様々なイライラも、
マンガにすると、こんなことであんなに本気で怒ってたのか、、、と
くだらなくて笑えてくる。
前は文章にしていたけれど、
文章だと長くなるし、そんなに時間がないのでイラストにしてみた。
上の絵の状態は、
保育園に行きたくないとわめき散らしたねえねが
チョコを3つ持って机の下に立てこもり
でかいずうたいの私が、机の下を必死にのぞきこんで キーキー言っているところです。
最近の私の暮らしは
毎日毎日、
育児と家事との繰り返しで、そしてそれは私のニガテな我慢や忍耐がとても必要で
母になるっていうのは、本当に
人間のこころの筋肉を鍛えるにはもってこいなものだなーと
痛感する毎日でございます。
楽しいことも、うれしいことも、感動することも多いけれど。
あ~あ、
手があともう一本多かったらなー、、、
子育ては、
「ちょっと今抱っこしててもらっていい?おねがい!」
が出来ると本当にありがいですよね。
そのちょっとのこころのゆとりがあるとないとでは
大違い。
こころにゆとりがあると、あんまりキーキーしなくてすむもん。
こころの筋トレ
まだまだ続きます。

2014年01月03日
踊る。2014年
明けましておめでとうございます。
今年もどうぞ、宜しくお願い致します。
皆さんはどんな年越し&お正月を迎えましたが?
年末
私は家族と手巻き寿司をおいしく頂き
9時には娘たちを寝かしつけ
年越しまでの時間をさあ、どうしようか、、、
ちょっと年末っぽいことしてみようかと
相方と腕相撲をしました。 (年末っぽい、、、??)
右手で負け
左手で負け
両手でも負けて、、、
惨敗。
そして次は年末っぽくオセロゲームを!
今度こそはと頭を使ってみたものの、、、
一回戦 負け
次こそはと二回戦 ぼろ負け、、、
年末に「負け」と「自分の弱さ」を素直に認めたカミュでした。
来年は、腕相撲が勝てるくらい育児で鍛えようと思ったのと、
オセロで勝てるくらに、頭も鍛えようと、思ったのでした。 (笑)
罰ゲームで、年越しそば作りと、食器洗いという任務を授かり (結局手伝ってもらってしまったけど)
そばを食べだして数分後
寝室でミーの泣き声が。
はいはい授乳タイムね~!
と、布団でおっぱいをあげてるうちに
あれよあれよと 年越し。
年明けそばを少しいただき、相方と
「あけましておめでとうございます」 と挨拶をし、
神社からのお正月らしい、深夜のしんみりとした活気と、神様が訪れるような音に酔いしれながら
2014年の幕開けを楽しませてもらいました。
めっちゃ眠かった、、、。
でも、ほんわか。
いい年越しだったなあ。
ありがとう。
娘三歳、保育園は来週の月曜日から。
お休みが、ああ、、、長い、、、。(--)
毎日何して過ごそう。
ありあまった体力を、どう発散させて寝かせようか。
生後二か月のミーと、元気いっぱいのあーちゃんと、
朝から晩まで
四六時中 一緒に過ごすのは初めてのこと。
とりあえず、あーちゃんが喜びそうな遊びのメニューを用意しました。
☆ あーちゃんの段ボールハウスを休み中にどんどん改築していく。


☆ お年玉でシルバニアファミリー リス家族が我が家にやってくる。
☆ 近所の公園に遊びに行く
☆ボールのプールで遊べるところに連れてく
☆本屋さんの絵本コーナー
☆ DVD はまっているプリキュアのお世話になる。
保育園で流行ってるらしく、プリキュラになりきってるあーちゃんですが、
実はアニメを観たことがほとんどありません。
私も知らなかったので、一緒に観てみると。。。
すっごい正義だわー!!
ハッピーシャワー! の意味がようやく分かった。
けれど、歴代プリキュアとか?どういうこと??そんなに沢山プリキュアがいたなんて!
そして最後のエンディングのダンスを、一緒にまねして踊ってみることに。
産後二か月目にして、ちょっとハードかな、、、 と思ったけれど
結構身体が動くようになってきて、すっごい楽しかった。(笑)
私がなりきって踊ってるのを見て、あーちゃんも大笑いで転げまわって
頭をうっていました。。。おいおい、大丈夫か!
そしてそんなハイテンションな母とお姉ちゃんを、ただただじーっと見つめるミー。
泣きもせず、笑いもせず
ただただ、見つめておりました。 ( し、視線が痛いぜ。 )
ひとつのお話が終るたびにエンディングのダンスがあるので、その度に
こたつから出て踊り。。。また巻き戻しては踊り、、、
結局何回踊ったんだろう?
かなり熱くなって、ストーブ、こたついらずですね。
そして娘がプリキュラを見てる最中、私は途中で飽きて、こっそり自分のために借りてきたCDを聞いていました。
上原ひろみさんのジャズピアノのアルバム VOICE 。
うーん、素敵!!ジャズとか全然詳しいわけではないんですけど。
ただただ、本当にかっこよくて。
音を細胞で浴びる感覚!ミュージックシャワー!!
いつかライブで生で聞きたいな!かっこいいなー。私もこんな風にピアノが弾けたらなー。
本気でなりきって、こたつのテーブルでピアノを弾いて頭を振り乱す仕草をしていると、
あーちゃんはげらげら笑っていました。
そんなの関係なく続ける私。
なりきる気持ちよさってあるんですよねー。
そう、そして
一番気持ちがいいことは
なんてったって
自分になりきること!
人生の醍醐味。
プリキュアが終わったあとは、あーちゃんと二人でジャズで踊り狂いました。
私も上原さんみたいに、頭をぼんばーにしたくなってきたわー。
高円寺時代に、友人たちと毎晩リビングで踊り狂っていたことを
思い出しました。
色んな音楽に溺れていたあの頃。生の音にも沢山触れて、楽しかったなあ。
自分自身が音になっちゃうような、、、あの感覚。
ここ数年忘れていた気がする。
踊っていたら、いろんなことが覚醒しだして、
「自分の人生でやっておきたかったことをやってから死ぬんだぞ!」 って
自分の中の誰かが言いました。
あ、そうだった!
やるべきこと。
やらざるをおえないこと。
そんなことばかりに目がいっていたけれど
自分がやっておきたいこと。やらなきゃ死ねないこと。
あったよね。
と、目覚めて。
やっぱり、踊りは最高だね。
時には、髪の毛を振り乱して、
娘にひかれるくらい踊り狂う母でありたいと思います。
そして、プリキュアみて思ったこと。
娘は変身するプリキュアにとても恋焦がれてるみたいで、
そうか、子供の頃ってそうだったよねー
私も大人になってしまったんだなーなんて思ったけれど。
上原ひろみさんのボンバーヘアーとピアノを聞いていてふと、、、。
変身してるじゃん!って思ったんです。
何かに没頭して、その世界に心も身体も奪われてる時
それは、絵描きなら絵を描いてる時であり
歌い手なら、歌をうたってる時であり
料理人なら、料理を作ってる時であり
お母さんなら、必死で子守してる時であり
人が、自分のやりたい仕事に、目の色を変えて懸命に働いてるときであり、、、
そしてそれが、誰かのお役にたっているとき。
人は本当に、スーパーヒーローみたいに変身できるんだって思ったのでした。
「それにしても、どうして子供の人気アニメって戦いネタが多いんだろう。」
私が母にそんなことを質問すると、母は
「だってわかりやすいじゃない。正義と悪の白黒をはっきりつけさせるためには、
子供達にあーだこーだ言うより、戦って勝った負けたの方がわかりやすでしょ?」
と、言われました。
な、なるほどねえ。
私も最近、心の中で戦っています。
「もうひとつ、おもちを食べてもいい?、、、悪い?、、、
お正月だし、 いーよー ☆」 と。
自分に甘いなあ。
踊り疲れ果てたあーちゃんは、すっかりぐっすりです。
そして
明日の筋肉痛が怖いです、、、。
や、
明後日くるのか?
それでは、みなさま
今年もどうぞよろしくお願い致します。
みなさまにとっても、
素敵な一年になりますように。
あー、作りたものがいっぱいだ!
今年もどうぞ、宜しくお願い致します。
皆さんはどんな年越し&お正月を迎えましたが?
年末
私は家族と手巻き寿司をおいしく頂き
9時には娘たちを寝かしつけ
年越しまでの時間をさあ、どうしようか、、、
ちょっと年末っぽいことしてみようかと
相方と腕相撲をしました。 (年末っぽい、、、??)
右手で負け
左手で負け
両手でも負けて、、、
惨敗。
そして次は年末っぽくオセロゲームを!
今度こそはと頭を使ってみたものの、、、
一回戦 負け
次こそはと二回戦 ぼろ負け、、、
年末に「負け」と「自分の弱さ」を素直に認めたカミュでした。
来年は、腕相撲が勝てるくらい育児で鍛えようと思ったのと、
オセロで勝てるくらに、頭も鍛えようと、思ったのでした。 (笑)
罰ゲームで、年越しそば作りと、食器洗いという任務を授かり (結局手伝ってもらってしまったけど)
そばを食べだして数分後
寝室でミーの泣き声が。
はいはい授乳タイムね~!
と、布団でおっぱいをあげてるうちに
あれよあれよと 年越し。
年明けそばを少しいただき、相方と
「あけましておめでとうございます」 と挨拶をし、
神社からのお正月らしい、深夜のしんみりとした活気と、神様が訪れるような音に酔いしれながら
2014年の幕開けを楽しませてもらいました。
めっちゃ眠かった、、、。
でも、ほんわか。
いい年越しだったなあ。
ありがとう。
娘三歳、保育園は来週の月曜日から。
お休みが、ああ、、、長い、、、。(--)
毎日何して過ごそう。
ありあまった体力を、どう発散させて寝かせようか。
生後二か月のミーと、元気いっぱいのあーちゃんと、
朝から晩まで
四六時中 一緒に過ごすのは初めてのこと。
とりあえず、あーちゃんが喜びそうな遊びのメニューを用意しました。
☆ あーちゃんの段ボールハウスを休み中にどんどん改築していく。


☆ お年玉でシルバニアファミリー リス家族が我が家にやってくる。
☆ 近所の公園に遊びに行く
☆ボールのプールで遊べるところに連れてく
☆本屋さんの絵本コーナー
☆ DVD はまっているプリキュアのお世話になる。
保育園で流行ってるらしく、プリキュラになりきってるあーちゃんですが、
実はアニメを観たことがほとんどありません。
私も知らなかったので、一緒に観てみると。。。
すっごい正義だわー!!
ハッピーシャワー! の意味がようやく分かった。
けれど、歴代プリキュアとか?どういうこと??そんなに沢山プリキュアがいたなんて!
そして最後のエンディングのダンスを、一緒にまねして踊ってみることに。
産後二か月目にして、ちょっとハードかな、、、 と思ったけれど
結構身体が動くようになってきて、すっごい楽しかった。(笑)
私がなりきって踊ってるのを見て、あーちゃんも大笑いで転げまわって
頭をうっていました。。。おいおい、大丈夫か!
そしてそんなハイテンションな母とお姉ちゃんを、ただただじーっと見つめるミー。
泣きもせず、笑いもせず
ただただ、見つめておりました。 ( し、視線が痛いぜ。 )
ひとつのお話が終るたびにエンディングのダンスがあるので、その度に
こたつから出て踊り。。。また巻き戻しては踊り、、、
結局何回踊ったんだろう?
かなり熱くなって、ストーブ、こたついらずですね。
そして娘がプリキュラを見てる最中、私は途中で飽きて、こっそり自分のために借りてきたCDを聞いていました。
上原ひろみさんのジャズピアノのアルバム VOICE 。
うーん、素敵!!ジャズとか全然詳しいわけではないんですけど。
ただただ、本当にかっこよくて。
音を細胞で浴びる感覚!ミュージックシャワー!!
いつかライブで生で聞きたいな!かっこいいなー。私もこんな風にピアノが弾けたらなー。
本気でなりきって、こたつのテーブルでピアノを弾いて頭を振り乱す仕草をしていると、
あーちゃんはげらげら笑っていました。
そんなの関係なく続ける私。
なりきる気持ちよさってあるんですよねー。
そう、そして
一番気持ちがいいことは
なんてったって
自分になりきること!
人生の醍醐味。
プリキュアが終わったあとは、あーちゃんと二人でジャズで踊り狂いました。
私も上原さんみたいに、頭をぼんばーにしたくなってきたわー。
高円寺時代に、友人たちと毎晩リビングで踊り狂っていたことを
思い出しました。
色んな音楽に溺れていたあの頃。生の音にも沢山触れて、楽しかったなあ。
自分自身が音になっちゃうような、、、あの感覚。
ここ数年忘れていた気がする。
踊っていたら、いろんなことが覚醒しだして、
「自分の人生でやっておきたかったことをやってから死ぬんだぞ!」 って
自分の中の誰かが言いました。
あ、そうだった!
やるべきこと。
やらざるをおえないこと。
そんなことばかりに目がいっていたけれど
自分がやっておきたいこと。やらなきゃ死ねないこと。
あったよね。
と、目覚めて。
やっぱり、踊りは最高だね。
時には、髪の毛を振り乱して、
娘にひかれるくらい踊り狂う母でありたいと思います。
そして、プリキュアみて思ったこと。
娘は変身するプリキュアにとても恋焦がれてるみたいで、
そうか、子供の頃ってそうだったよねー
私も大人になってしまったんだなーなんて思ったけれど。
上原ひろみさんのボンバーヘアーとピアノを聞いていてふと、、、。
変身してるじゃん!って思ったんです。
何かに没頭して、その世界に心も身体も奪われてる時
それは、絵描きなら絵を描いてる時であり
歌い手なら、歌をうたってる時であり
料理人なら、料理を作ってる時であり
お母さんなら、必死で子守してる時であり
人が、自分のやりたい仕事に、目の色を変えて懸命に働いてるときであり、、、
そしてそれが、誰かのお役にたっているとき。
人は本当に、スーパーヒーローみたいに変身できるんだって思ったのでした。
「それにしても、どうして子供の人気アニメって戦いネタが多いんだろう。」
私が母にそんなことを質問すると、母は
「だってわかりやすいじゃない。正義と悪の白黒をはっきりつけさせるためには、
子供達にあーだこーだ言うより、戦って勝った負けたの方がわかりやすでしょ?」
と、言われました。
な、なるほどねえ。
私も最近、心の中で戦っています。
「もうひとつ、おもちを食べてもいい?、、、悪い?、、、
お正月だし、 いーよー ☆」 と。
自分に甘いなあ。
踊り疲れ果てたあーちゃんは、すっかりぐっすりです。
そして
明日の筋肉痛が怖いです、、、。
や、
明後日くるのか?
それでは、みなさま
今年もどうぞよろしくお願い致します。
みなさまにとっても、
素敵な一年になりますように。
あー、作りたものがいっぱいだ!
2013年12月30日
今年を振り返って。2013
さてさて、今夜はどこまで書けるだろうか。。。
タイトルを ~振り返って にしてしまったけれど
果たして振り返るところまでいけるんだろうか。。。 (笑)
お湯を沸かしてハーブティをいれて
娘たちが寝静まった寝室の扉を少しだけあけて
となりの部屋のこたつで、パソコンを開く私。
静かな夜。
少しだけ、お母さん業休憩の時間。ありがたい。

三歳の娘も、絵本を三冊読んで足を撫でれば寝てくれる習慣がついたので
以前よりとても楽になった。
寝る前には裸になってしまう彼女の体質も
半年前までちょっと悩んで 「服を着なくては風邪ひいちゃうから着て~」とよく叱っていたけれど
今は洋服を脱ぎだしたら「 しめしめ。眠いぞ。早く脱ぎな! 」
という感じまで気持ちが楽になっている。
それが彼女のスタイルなんだもの。
そこを受け入れることにした。
もともとタイで産まれて、裸でしばらく育ってるので
今更、洋服を着なきゃだめよなんて、彼女にしてみればとても
とんちんかん?な話だったかもしれない。
最近、世の中の常識に、いつの間にか自分も標準を合わせていることがあって
あ、いけんいけん。と思うことがある。
マナーは守った方がいい場面が多いけれど、
常識は疑ってみることは必要だと私は思っている。
それは旅を通して、体感してきたことのはずなのに。
子育てしながら、長野にどっぷり浸かっているこの4年間の間に
私の価値観はまた、世の中の一般常識的なところに
はまりだしているのかもしれない。という恐怖。
でも、はまっていたほうが、生きやすいというよくわからないジレンマ。
長い物から抜け出そうとすると、戦わなくてはならない時が多くて
正直、それだけの気力が20代の時のように中々湧いてこなかったり、、、。
そしてそこから自分の価値観や物差しをつくる作業は
感覚や直観も大切だけれど、バックグラウンドを猛勉強することが必要であることにも
気づいてはいるけれど、正直今はまだ、お休み中だ。(産後なので~)
もともと、直観や感覚だけで流れるように、そして今を受け入れて生きてる私のスタイルは
人には理解してもらえることが少ないし、説明も出来ないことが多い。
でも、感覚っていうのは、無責任であるということも多々感じる。
そして、なんとなくその常識に自分がのかってる時ってのが一番良くないパターン。
頭がフリーズ状態。目を覚まさなくちゃ!と、ほほを自分で叩いてみる必要がある。
世の中の常識に合わせて生きてると、妙に楽だったりするからこれまた厄介。
無理に反発することはないけれど、妙に楽な状態っていうのは
何かに自分が飲み込まれてる状態でもあるんだなと最近感じる。
そして妊婦ライフから産後を経て感じることは、
やっぱり妊婦の時は頭がぽーっとしてることが多くて
世の中の情勢や政治のことなど、全然自分の中に入ってこなかった。
フェイスブックで、友人たちの発言などを読んでいても、ニュースを見ていても
正直なところ、そういう問題からは離れていたいという気持ちが強くて
人任せな、自分で精いっぱいな私。というのを体験させてもらっていた。
自分の中で起きてることで毎日いっぱいいっぱいで、
そこまで気持ちが届かなかった。
正直、今もそう。まだ、そういうところまで精神も身体も追い付いていかない。
産後もうすぐ二か月。
自分の身体の回復、家族との日常、赤ちゃんのお世話、長女との遊びの時間、
ごはん作り、洗濯、寝かしつけ、、、
そんなことに目をむけているだけで精一杯、、、。
しかし、それが人間本来の営みの形であり、その営みを真剣に楽しんでいることが
人の幸せの循環であると思うのだけれど
それ以上にやらなくてはならないことや、考えなくてはならないことや
戦わなくてはならないことが食い込んでくる今の世の中の現状は
本当に異常事態なのだ。。。
あうらをタイでお産して長野に帰ってきてから
私は大分、自分の「こうしたい。こう生きたい」
という核のようなものを、そぎ落としてきたように思う。
そういった自分中心な生き方によって
体験したことは、たくさんの気づきも喜びもあったけれど、哀しみも沢山生んでいた。
それは一件自分を通していてかっこいい感じにも見受けられるけれど
傲慢なただの我儘であったことも否定できない。
そこに反省が沢山あった私は、生き方を変えてみる必要があると思った。
極端につっぱしり壁にあたってやっとこ気が付くタイプなので
バランスを見つめ直そうと、、、。
子供と言う存在が出来て、今までの自分の生き方、遊び方、ものごとの進め方とは
まったく違うステージにあげられ、
はて、一体どうしたものか、、、。
と、毎日格闘していたような三年間。
シングルで子供を育てるっていうのは、
ホントに大変なことであると身に染みた、、、。
でも、だからこその体験ももちろんあったけれど。
バランスのもっととれた自分になるために、と思いつつも
初めての子育てと仕事の両立に手が一杯で
そして精神状態もいっぱいいっぱいだったなあ。
もちろんその中で、とてもやりがいのあることや、楽しいことや
人との出逢いに恵まれたり、歌えたり、
様々なチャレンジをさせてもらえたことは
助けてくれた家族や友人たちの支えがあってこそ。
なんだかんだいって、自分のやりたいことを開花させてもらってきたもんなー。
今思うと、私は「お母さん」ではまだなかったんじゃないかと思う。
お母さんになる前のさなぎみたいな、、、。
二人目の子を産んでみて
初めて私は 母としてのスタートラインに立てたような気がしている。
あうらを産んでからの三年間は
自分のやりたいことをまだまだ優先していたい。という気持ちが強かったもの。
もちろん、それも自分の人生の役割として忘れてはならないことだけど、
今、目の前にある自分のワーク(子育て)をほったらかしてまでやることではない。
今、自分に与えられたことをまっとうしてこそ、次のステップがあるんだと
二人目を産んでみて、感じている。
神様が私に授けてくれてた、ふたつのいのち。
彼女たちが、この世の入り口として私を選んでくれたこと。
私は娘たちを守り、彼女たちの可能性を開花させていくという役割があたえられた。
そして
その子育てを通して、自分を育て、、、。
ああ、喜びも多いけれど、本当に気力、体力、忍耐力が必要。
そしてお金も、、、!!
色んな意味で、責任があるなあ。
さあさあ、私はこれから
どんな私になっていくんだろう。
楽しみだ。
長女は身体は三歳になってからは本当に強くなって、
熱が出ても一日あれば次の日には元気になってるパターンも多く
病院のお世話にもほとんどとならなくなった。
保育園も一歳から通っているけれど、
毎日行きたくないとぐだぐだいっていたのが
ここ数か月はお友達の名前も出るようになって、とっても楽しい様子。
私が落ち着いているからか、彼女も落ち着いているのかもしれない。
そして私が落ち着いていられるのは、まわりで助けてくれている人のおかげ。
2013年は前半は歌を歌ったり、
リラクゼーションの勉強をしたり、
空色を始めたり
そして妊娠して、、、
大きな心強い出逢いがあって
モノづくりに励んだり、、、
お産して
次女に出逢えて
家族の絆というものを、作り上げている最中の今。
人生って、巻き戻してみてみると本当に面白いくらい
ちゃんとパズルになってるね。
沢山泣いて
沢山笑った
最高の一年でした。
応援してくださった皆さん
ありがとうございました。
残すとこ一日。
みなさんもどうか、暖かいほっとする年末となりますように。
心をこめて。
空色カミュ

タイトルを ~振り返って にしてしまったけれど
果たして振り返るところまでいけるんだろうか。。。 (笑)
お湯を沸かしてハーブティをいれて
娘たちが寝静まった寝室の扉を少しだけあけて
となりの部屋のこたつで、パソコンを開く私。
静かな夜。
少しだけ、お母さん業休憩の時間。ありがたい。

三歳の娘も、絵本を三冊読んで足を撫でれば寝てくれる習慣がついたので
以前よりとても楽になった。
寝る前には裸になってしまう彼女の体質も
半年前までちょっと悩んで 「服を着なくては風邪ひいちゃうから着て~」とよく叱っていたけれど
今は洋服を脱ぎだしたら「 しめしめ。眠いぞ。早く脱ぎな! 」
という感じまで気持ちが楽になっている。
それが彼女のスタイルなんだもの。
そこを受け入れることにした。
もともとタイで産まれて、裸でしばらく育ってるので
今更、洋服を着なきゃだめよなんて、彼女にしてみればとても
とんちんかん?な話だったかもしれない。
最近、世の中の常識に、いつの間にか自分も標準を合わせていることがあって
あ、いけんいけん。と思うことがある。
マナーは守った方がいい場面が多いけれど、
常識は疑ってみることは必要だと私は思っている。
それは旅を通して、体感してきたことのはずなのに。
子育てしながら、長野にどっぷり浸かっているこの4年間の間に
私の価値観はまた、世の中の一般常識的なところに
はまりだしているのかもしれない。という恐怖。
でも、はまっていたほうが、生きやすいというよくわからないジレンマ。
長い物から抜け出そうとすると、戦わなくてはならない時が多くて
正直、それだけの気力が20代の時のように中々湧いてこなかったり、、、。
そしてそこから自分の価値観や物差しをつくる作業は
感覚や直観も大切だけれど、バックグラウンドを猛勉強することが必要であることにも
気づいてはいるけれど、正直今はまだ、お休み中だ。(産後なので~)
もともと、直観や感覚だけで流れるように、そして今を受け入れて生きてる私のスタイルは
人には理解してもらえることが少ないし、説明も出来ないことが多い。
でも、感覚っていうのは、無責任であるということも多々感じる。
そして、なんとなくその常識に自分がのかってる時ってのが一番良くないパターン。
頭がフリーズ状態。目を覚まさなくちゃ!と、ほほを自分で叩いてみる必要がある。
世の中の常識に合わせて生きてると、妙に楽だったりするからこれまた厄介。
無理に反発することはないけれど、妙に楽な状態っていうのは
何かに自分が飲み込まれてる状態でもあるんだなと最近感じる。
そして妊婦ライフから産後を経て感じることは、
やっぱり妊婦の時は頭がぽーっとしてることが多くて
世の中の情勢や政治のことなど、全然自分の中に入ってこなかった。
フェイスブックで、友人たちの発言などを読んでいても、ニュースを見ていても
正直なところ、そういう問題からは離れていたいという気持ちが強くて
人任せな、自分で精いっぱいな私。というのを体験させてもらっていた。
自分の中で起きてることで毎日いっぱいいっぱいで、
そこまで気持ちが届かなかった。
正直、今もそう。まだ、そういうところまで精神も身体も追い付いていかない。
産後もうすぐ二か月。
自分の身体の回復、家族との日常、赤ちゃんのお世話、長女との遊びの時間、
ごはん作り、洗濯、寝かしつけ、、、
そんなことに目をむけているだけで精一杯、、、。
しかし、それが人間本来の営みの形であり、その営みを真剣に楽しんでいることが
人の幸せの循環であると思うのだけれど
それ以上にやらなくてはならないことや、考えなくてはならないことや
戦わなくてはならないことが食い込んでくる今の世の中の現状は
本当に異常事態なのだ。。。
あうらをタイでお産して長野に帰ってきてから
私は大分、自分の「こうしたい。こう生きたい」
という核のようなものを、そぎ落としてきたように思う。
そういった自分中心な生き方によって
体験したことは、たくさんの気づきも喜びもあったけれど、哀しみも沢山生んでいた。
それは一件自分を通していてかっこいい感じにも見受けられるけれど
傲慢なただの我儘であったことも否定できない。
そこに反省が沢山あった私は、生き方を変えてみる必要があると思った。
極端につっぱしり壁にあたってやっとこ気が付くタイプなので
バランスを見つめ直そうと、、、。
子供と言う存在が出来て、今までの自分の生き方、遊び方、ものごとの進め方とは
まったく違うステージにあげられ、
はて、一体どうしたものか、、、。
と、毎日格闘していたような三年間。
シングルで子供を育てるっていうのは、
ホントに大変なことであると身に染みた、、、。
でも、だからこその体験ももちろんあったけれど。
バランスのもっととれた自分になるために、と思いつつも
初めての子育てと仕事の両立に手が一杯で
そして精神状態もいっぱいいっぱいだったなあ。
もちろんその中で、とてもやりがいのあることや、楽しいことや
人との出逢いに恵まれたり、歌えたり、
様々なチャレンジをさせてもらえたことは
助けてくれた家族や友人たちの支えがあってこそ。
なんだかんだいって、自分のやりたいことを開花させてもらってきたもんなー。
今思うと、私は「お母さん」ではまだなかったんじゃないかと思う。
お母さんになる前のさなぎみたいな、、、。
二人目の子を産んでみて
初めて私は 母としてのスタートラインに立てたような気がしている。
あうらを産んでからの三年間は
自分のやりたいことをまだまだ優先していたい。という気持ちが強かったもの。
もちろん、それも自分の人生の役割として忘れてはならないことだけど、
今、目の前にある自分のワーク(子育て)をほったらかしてまでやることではない。
今、自分に与えられたことをまっとうしてこそ、次のステップがあるんだと
二人目を産んでみて、感じている。
神様が私に授けてくれてた、ふたつのいのち。
彼女たちが、この世の入り口として私を選んでくれたこと。
私は娘たちを守り、彼女たちの可能性を開花させていくという役割があたえられた。
そして
その子育てを通して、自分を育て、、、。
ああ、喜びも多いけれど、本当に気力、体力、忍耐力が必要。
そしてお金も、、、!!
色んな意味で、責任があるなあ。
さあさあ、私はこれから
どんな私になっていくんだろう。
楽しみだ。
長女は身体は三歳になってからは本当に強くなって、
熱が出ても一日あれば次の日には元気になってるパターンも多く
病院のお世話にもほとんどとならなくなった。
保育園も一歳から通っているけれど、
毎日行きたくないとぐだぐだいっていたのが
ここ数か月はお友達の名前も出るようになって、とっても楽しい様子。
私が落ち着いているからか、彼女も落ち着いているのかもしれない。
そして私が落ち着いていられるのは、まわりで助けてくれている人のおかげ。
2013年は前半は歌を歌ったり、
リラクゼーションの勉強をしたり、
空色を始めたり
そして妊娠して、、、
大きな心強い出逢いがあって
モノづくりに励んだり、、、
お産して
次女に出逢えて
家族の絆というものを、作り上げている最中の今。
人生って、巻き戻してみてみると本当に面白いくらい
ちゃんとパズルになってるね。
沢山泣いて
沢山笑った
最高の一年でした。
応援してくださった皆さん
ありがとうございました。
残すとこ一日。
みなさんもどうか、暖かいほっとする年末となりますように。
心をこめて。
空色カミュ

2013年12月27日
こどもからみた私
みなさんこんばんは。
ブログの更新が、全然出来なくて残念なカミュです。
二児の母となると、中々自分だけの時間というものが持てないですね~。がっくし。
次女が産まれてもうすぐ二か月。
お陰様で健やかに、育っています。
産後は一か月もあれば元気になるだろうと、自分の身体を見積もっていた私。
それがどっこい。
辛かった~!
しみじみと、、、(年齢的なこともあるのかな、、、。)
いのちを育てるというのは、本当にすごい体験だなあと実感する毎日でございます。
お産のとき、本当に本当に、思ったことは、、、。
やっぱり 痛い!!!苦しい!!
(誰だよー、二番目は楽だよって言ったの~!!!)
ま、個人差は色々あると思いますが、陣痛も痛いし、お産も痛いし、
産後は魂がぬけかけたみたいにふらふらだし、産んだ後の子宮が収縮するのもすっごい痛いし
おっぱいも痛いし、、、 涙がちょちょぎれます。
どうしてこんなに痛いことだらけなんだよ~!!
っていう状態で、生まれてきたばかりの赤ちゃんは二時間おきに泣くし、、、
そうそう、そうでしたよね。
お産て、様々な痛みをともなうんでしたよね、、、。体力と精神の限界まで追いつめられるんでしたよね。
思い出したわ~!!!
そしてもちろん。
母親はそんな痛みを受け入れられる身体になってるし、
そんな痛みを山ほど受け入れても、自分から誕生した赤ちゃんは
めちゃくちゃかわいくて、愛おしくて、
見つめると、涙が自然と溢れちゃうほど!!
本当に、生まれてきてくれて
ありがとうだね。
あ!!
みー(次女)が泣いた!!
そそくさと
お母業に戻りまーす。
2013年12月02日
誕生しました。
2013年11月1日 秋の太陽が美しく紅葉を照らした午後12時59分
ご報告が遅くなってしまいましたが、
無事に、どんぐりみたいな女の子が誕生しました!!
いやー、今回のお産もとても感動しました。
書きたいことは沢山あるのですが、
久しぶりにパソコンのキーボードをいじったら
なんだか指がうまく動かなくて、書きたいことがスムーズに書けない!!
はじめてワープロを触った小学校のときを思い出します。
やっとこ産後1か月たちました。
とりあえず、赤ちゃんも私も元気です。
お姉ちゃんになったあうらも、また一回り成長しとっても元気です。
すこしずつ、またブログを再開していけたらと思います。
みなさん、応援ありがとうございます!
やっぱり、お産はすごい体験でした。
そして、産後、、、。
またゆっくりアップしていきますね♪
お姉ちゃんと妹
手をとりあって、助け合って
生きていって欲しいな。